9 その姿、人なり
ガラオロス山の冒険 ep.8
(居ない……奥か?)
モフモフうさぎが飛び込んだドームの奥に向かって通路が続いている。ラヴィとリサが逃げるとしたら、そちらに行くしかないと思われた。
大人2人が並んで歩ける幅の通路は、ドームから少し奥に進むと階段に変わった。赤い絨毯はここにも敷かれている。
(BGMがさっきからハープの音色に変わってしまっている。ボスはもう居ないということなのか)
「うわっ!?」
モフモフうさぎが階段に足を置いた瞬間、階段の両側の壁が消えた。それどころか天井も無くなり、残っているのは赤い絨毯の階段だけになった。
「これがクエストなんだよな。だから高所恐怖症な人にはこれだけでチャレンジになるんだって」
ブツブツ言いながら階段を登るモフモフうさぎ。見えなくなった階段の部分があるのか試しに、屈んで手で触れてみると……
「はいっ、ありませんでしたぁーじゃないよっ全く。じゃあ足を踏み外したらアディオースって事になるんだろっ」
── 赤い絨毯の幅はおよそ1.5m、上に見える白い建物までは30m程か。
横の壁が無くなって風も素通りする。モフモフうさぎはライジングサンを両手に広げて持ち、慎重に階段を登っていった。
(BGMに鈴の音も混じって来た。ただ音を上げすぎると聞こえてなきゃマズイ音が拾えなくなるんだよな)
元々モフモフうさぎのBGMの音量は、最低限聞こえる程度に下げてある。赤い竜の風を切る音はまだしてこない。
赤い階段を無視して空に飛び出したモフモフうさぎが
空中から白い建物に向かった。1度空高く舞い上がり、上空から様子を伺う。
(白い建物。あれがここの本当の神殿か?)
神殿の形は上空から見たら全く違って見えた。空に向かって伸びる鋭い尖塔。ガラスのように表面は艶やかで見る角度を変えれば、空が映ってそこに尖塔があることさえ分からなくなる。
(ラヴィちゃん達はあの中か? んっ)
尖塔の根元の部分から何か飛んで来た…… 炎?
ブォアッ
次々とモフモフうさぎに向かって飛んでくるV型の炎。軽く避けて行くモフモフうさぎ。
(ちっ、面倒くせえ)
空を蹴って一気に炎の元に迫った。
(男? 燃える剣を持っている。あいつかっ、竜なのか?)
正面から飛んで来た炎の剣を交わすことなく、ぶった切って男の前に着地した。
「おいっ、いきなり攻撃してくるって事はお前は敵って事でいいな? 何か言うなら今しかないぞっ」
ライジングサンを男に向けてモフモフうさぎが叫んだ。男の背後にある尖塔の入り口は閉じられている。白亜の両開きの大扉で、金色の格子で枠取りされている。さそり座が金色に光って見えた。
刀身が燃える剣を持つ男が口を開いた。その声はまだ若い。
「私の名はリハク。お前達と同じ姿を真似てみたが、先程手合わせをした紅竜リハクは私だ。お前はモフモフうさぎ、その剣はライジングサンで間違い無いな?」
スラリと背の高い若者は、紅蓮の鎧を纏い髪の色までが赤く燃えるようで、目だけが人でない事を物語っていた。黒目の部分が赤、見据えられると普通の人なら目を逸らしてしまう魔力を伴う視線。
「俺はモフモフうさぎだ。ドームの中に居た2人をどうした?」
「お前はあの2人の何なのだ?」
「友達だよ、で、どうなんだ?」
「あの方達は後ろの塔に入られた。剣をしまえモフモフうさぎ。ここから先は抜刀禁止である」
そう言ったリハクの手にはもう炎の剣は無かった。
(どう思う?)
モフモフうさぎが念話でライジングサンに問いかけた。
(所有者よ、尊厳を敬い威厳に従うのも剣士である。紅竜リハク殿は、敬うべき存在であるぞ。我は手合わせ出来て光栄であった)
(お前がそんな感じなのか?)
(少なくとも我よりも存在の次元が上位である。畏れ敬うべき異形の主様よ)
(まじかっ)
モフモフうさぎが左の剣を体の前に真っ直ぐに持ち、剣士の礼を立てた。
「先程の手合わせのお礼を申しあげます。この手のライジングサン、貴殿と剣を交え至極感動しております」
モフモフうさぎが礼を述べると、ライジングサンはガントレットに姿を変えてモフモフうさぎの両手に装着された。
「なるほど、その剣は生きているのか。そしてお主が所有者なのだな」
紅竜リハクもモフモフうさぎの事を所有者と呼んだ。
「お2人は塔の中でお待ち頂いている、ついて来い」
そう言ってリハクは踵を返すと、白亜の扉に向かって歩き始めた。