8 知識と現実の迎合
ガラオロス山の冒険 ep.7
紅竜リハクはブレスを吐くのを止めている。目の前の剣を持つ人間、いやこいつはダークエルフだ。徐々に知識が現実と合わさって行き、物事の理解が深まっている。
知識には無いが、分かった事がある。
(こいつは強い)
紅竜リハク自身が倒される危機感を持つ程では無いが、それは自身を目の前にして未だ全力を出していないと言い放った言葉を信ずるとすれば、あるいは自身が地に横たわる結末も有り得るという事。
目の前に立ち、我を恐れぬその姿は小さいながらも威風堂々としている。
(何故に我は戦う? どちらが強いのか確かめる為か? いや、我の住処に入り込んだこやつらを許さぬとひとえに決めた我自身が戦いを選んだのだ。しかし勝てるかわからぬ相手と判り、尻尾を巻いて牙を納めるのは竜として有り得ぬ話。しかしこの場所を破壊されては困る事も確かである )
モフモフうさぎと対峙したままの紅竜は、その目をモフモフうさぎから離さない。
(もう1度飛べっ)
またもや炎のブレスをモフモフうさぎに吐きかけ、更には両の翼を広げ熱波を空へと放った。
予想通りモフモフうさぎは床を蹴り上げ、空に向かって光線を残してブレスを回避した。追い討ちをかけて紅竜から放たれた灼熱の空気の塊は、レンズのようにボヤけてモフモフうさぎを襲う。
「なっ」
ブオォォォォォ
空中でモフモフうさぎは、ライジングサンを振るって目には見えない空気を斬った。紅竜がブレスを吐いた後に翼が動いたのは見えていた、しかしそれが灼熱の空気の塊だとは予想していなかった。
ライジングサンの光の波動で、直撃は免れたモフモフうさぎ。しかし、もう一つの空気の塊が直ぐに迫る。最初の熱風の中で、下からの圧力を剣で堪えるモフモフうさぎが左右に逃げる余裕は無かった。
重なる灼熱の空気の塊が、モフモフうさぎを天空に弾き飛ばした。もはやモフモフうさぎがこの状況から逃れるには真上しかなく、下からの熱風に逆らう事なくかなりの上空まで飛び上がってから熱風を躱し、紅竜へと稲妻の如く襲いかかる……はずであった。
(しまった、時間がかかった。ちっ、時間稼ぎだったか、やべっ)
目前に迫る聖堂に紅竜の姿が無い。そしてラヴィ達が避難しているドームの入り口からから、煙が立ち上っていた。既に緑のバリケードは無くなっているようだ。
ドームの入り口の周りは真っ黒の煤で覆われてしまっていた。
(どこだっ? 赤い竜は空か? いや、飛ぶ暇は無かった筈だ。あれだけの巨体を隠す場所はここには無いぜっ)
空中で進路を変えて、モフモフうさぎは聖堂の床から突き出た柱の1本の上に降り立った。ドームの入り口のが見える場所に立つ柱の上。周りに注意を払いながら、ドームの中の様子を伺う。
「ドラゴンの野郎、どこに行きやがった。気配が無くなったぞ」
聖堂の床に飛び降りて、ぐるりと空を見回す。天空のどこにも赤い姿は見えなかった。モフモフうさぎは、急ぎドームへ向かった。床をひと蹴りでドームの前に立つ。
── 黒焦げの植物の蔦と折り重なる大振りの葉、そしてドームの入り口の右斜め上と左の床に残る剣撃の跡。
「ラヴィちゃん、リサっ」
モフモフうさぎがドームに向かって声を掛けた。石造りのドームは、恐らくまだ高温で手で触れれば火傷をするだろう。
ドームの中からは返事が無かった。
「ラヴィちゃん、リサっ、大丈夫かっ!」
モフモフうさぎが返事の無いドームの中に飛び込んだ。むせ返る熱気が篭るドームの中は、左右から透明な石を透過して明るい光が差し、外の白い床とは違った赤い絨毯が敷かれて、奥の壁の書棚にはずらりと赤い背表紙の本が並んでいた。