2 岩肌の階段
ガラオロス山の冒険 ep.1
「ラヴィちゃん、もう1時間半ぐらい登ってるで」
モフモフうさぎが少し疲れた様子で上を見上げて言った。岩に刻まれた階段は、崩れている場所もあり、何度もリサの糸や蔦を使って乗り越えて来た。モフモフうさぎはやっとラヴィに追いついた所だ。
「リサは大丈夫か?」
「この先の階段がしっかりしているか調べるって言って、どんどん先に行っちゃったよ」
ラヴィもリサと同じく糸が使えるし、植物を自在に操る事が出来る。その気になれば、蔦を体に巻きつけて垂直に登って行く事も可能だった。
「さっきの岩の割れは厳しかったよ。普通のパーティーだったらあそこをどうやって渡るんだ? ラヴィちゃんとリサは問題ないけど、俺は能力を使うの禁止だろっ。本気で落ちるかと思ったぜ」
「モフモフさんはどうしたの?」
「見てなかったのか? ロッククライミング未経験者にぶっつけ本番でやらせるなんて、ひどいぜっ」
「うんごめん、で足場とか足りてた?」
「何かロープとか使えるように、途中に木の枝でも伸ばしておいた方が良くないか? いや寧ろチェーンを崖に張っておいた方がいいって。あんなとこで失敗したら、モチベが下がるだけだと思うよ」
「チェーンか。今から打ち付けて来るよ。モフモフさんは先に進んでて。リサが待っているかもしれないから」
そう言いながらラヴィが崖の階段から1度空中に出て、真下に降りて行く。彼の体に巻きついた緑の蔦は岩壁に根を張り、まるで触手のように伸びてラヴィを運んで行った。
「検証、検証って言われても、高所恐怖症な人には一生無理なクエストになるんじゃないか?」
独り言を言って、モフモフうさぎが水平に視線をやると雲が眼下に広がっていた。その雲を突き抜ける山が遠くに見える。
(あっちの山とかにもクエストがあるのかな?)
視線を戻したモフモフうさぎが登っているガラオロス山は、特に神聖な山の設定である。
麓から8合目の山小屋が移動ゲートの出口だった。そこから急に険しくなった山肌に、階段が彫られていてその先に今回の目的地がある。
岩山の切れ方によっては、階段が鋭角に切り上がっている場所もあって、その度に見えていた山肌の風景が変わる。だが今はもう山よりも青い空の面積の方が大きくなって、目的地の輪郭が見えて来ていた。
モフモフうさぎが岩壁の方に身を寄せながら階段を登り、左登りに切り替わる場所に着いた。そこは手すりのように岩をくり抜いた場所で、狭いながらも落ち着いて座ることも出来た。
「おっリサ、やっと追いついたぞ」
そこには冒険者用の服を着たポニーテールの女性、リサが居た。
「お疲れ様、クニークルス男爵。これ食べる?」
リサがモフモフうさぎに差し出した物は、ピクシー食品の携帯糧食。リサも関わった新商品で、ゴロゴロ肉のたくさん入ったカレーパンと言う表現が正しいかも知れない。ピクシー食品のロゴであるフォークを持った妖精が印刷された袋に入っている。
「もう匂いから美味そうだ、リサのカレーだろこれ」
リサから受け取りながらモフモフうさぎも腰を下ろした。
「カレーはガルちゃんに作って貰ったの。リサも頑張っているんだけど、そもそもの味を知らないって言うのはすごいハンデだって気づいたから、まずは食べる事に決めた。ガルちゃんのカレーって美味しいでしょ?」
「リサって変わったな」
「クニークルス男爵もね、黒うさぎだったのに」
水筒からお茶を飲んで、リサが座り直した。
「外に出てわかったの。きちんとした話し方が必要なんだって、だからお姉様の言う通りたくさん本を読んだわ」
「俺も時間がある時に読んでるよ。図書館に行ったら俺の元の世界の大手の投稿小説サイトと、アンタレスONLINEが提携したってデカデカと掲示板に貼ってあったから、借りてみたんだ」
モフモフうさぎが腰のポーチに手を突っ込んでゴソゴソと中をかき回している。
「ほらっ、これだ。『 剣聖と呼ばれた男の生き様〜拾った剣がチート過ぎて異世界最強〜 』ってタイトルの本なんだけど、まるで俺みたいだろっ」
モフモフうさぎが嬉しそうに取り出した本の表紙には、タイトルの他にランキングが表示されてあった。
「この肉うまいなぁ」
「ランキングの所に、日間、週間、月間ランキング外って書いてるね」
「んなとこ見なくていいんだよっ、この本を探すのがどれだけ大変だったか……それにさっ、表紙をめくると広告が無いっ。ランキングの高い人気の小説なんて、広告だらけだぞ」
「私はそっちの方が良いけど。アニメになったり、映画になったりしてる本の広告を見たら、登場人物の姿が分かって、それだけで物語に引き込まれるもの」
「リサは最近どんな本を読んだんだ?」
『カンパネラの都市物語 〜歌姫が人工知能だった件〜 』
「リサ」
「言わないでいいのよ、クニークルス男爵。ローズから言われたから」
「なんて?」
「私が自分の存在が何なのかを気にしているって事」
「うん」
「私が何者なのか? 私の住むこの世界が何なのか? その答えなんて本当はとっくに知ってた。今はそれを認めた上での探究心ってとこかな」
リサの横顔はどこかロゼッタに似ていて愛らしい。今は知性も覗かせて、昔あったような落ち着きの無い無邪気な様子も鳴りを潜めている。
「ローズは?」
「ラヴィちゃんは下の方の壊れた階段の所にチェーンを張りに行ってるよ」
「もう来るかな? ローズにもご飯をあげないと」
「おぉ、確かにこの携帯糧食は凄いわっ。体力ゲージが一気に満タンになったぞ」
「でしょう。私達もお腹が空くと動けなくなるようになってしまって、ご飯がとっても大事になったの。それにいろんな食べ物の味が楽しめるのはこの世界の特権だし、楽しまなくちゃ損だもの」
「確かにっ! ただしその味の全てはラヴィちゃんにかかっている」
モフモフうさぎがそう言った所に、ラヴィが下の方から上がって来た。蔦から階段に降りると、ラヴィはモフモフうさぎとリサの間に割り込んで来た。
「おかえりローズ。はいっこれ食べて」
「ありがとうリサ。モフモフさんはもう食べたの?」
「うん、美味かった。毎度だが感動したっ、今日はログアウトしたら肉ゴロゴロカレーに決定」
「モフモフさんにもお腹が膨れる感覚ってあったっけ?」
「満腹感って感覚だろっ。あるっ、あるから実際ログアウトした瞬間がやばいんだ。時間をしっかり把握していないと、マジで脱水症状か餓死寸前になってる可能性があるし」
「だよね、さっき1時間半って言ってたよね。まだ大丈夫?」
「心配無いっ。エアコンつけて来たし、飯も食って麦茶も飲んで来た。トイレも大丈夫だ、紙オムツって言う便利な……」
「それ以上言わなくていいから」
ラヴィがモフモフを遮って、リサの方を向いた。ピクシー印の携帯糧食を袋から取り出しながら、ラヴィがリサの手にした本に気づく。
「本を持って来たの?」
「ううん、この本はクニークルス男爵の物よ。男爵も最近本を読んでいるそうなの」
「モフモフさんがクニークルス男爵って言うのも、なんか凄いな」
「ラヴィちゃん達はいつ発表するんだ? 巷じゃリサ姫はカレー屋のガルフにぞっこんだって噂が流れているぞ」
「ローズ、美味しい?」
「美味しいよ、でもリサが作ったカレーの方が俺は好きだな」
モフモフうさぎの方を見て、嬉しそうな笑顔を見せるリサが居た。
「心配無いなっ」
モフモフうさぎが立ち上がった。
「お茶は?」
リサも立ち上がりながら、モフモフに聞いた。
「大丈夫、さっき飲んだ。それにリサのお茶は色々と」
「あはははは」
極甘のお茶の味を思い出して、ラヴィが笑った。ラヴィも立ち上がった。
「さあっ、あともう少しでガラオロスの天空神殿だ。幸いと言うかモンスターがこの山には居ないから、足元に気をつけるだけでいい。モフモフさん頑張ってね」
一般ユーザーの代わりを務めるモフモフうさぎに、ルートの修正を行うラヴィと、危険な箇所を調べて行く役目のリサ。3人が目指すのはガラオロス山の山頂に鎮座する、天空神殿だ。
目的はクエストのルートの難易度設定。それとは別にもう1つ目的がある。とある植物の種を持ち帰る事。それは神殿のどこかに生えているとても貴重な植物らしい。
「神殿に入るには、仕掛けがあるってスワンが言ってた。ここはクエスト用のワールドの中でも結界の中にある場所で通信チャットが使えないから、スワンに聞く事が出来ない。なのでモフモフさん頑張ってね」
青い空に白っぽい建物が見える。
3人は、急勾配の階段を登り始めた。リサが糸と植物の蔦を使って階段を調べて行く。ラヴィがその後に続き、最後尾はモフモフうさぎだ。
やがて3人はガラオロス山の山頂、天空神殿の底の部分、行く手を阻む神殿の基盤ブロックの前に辿り着いたのであった。