1 プロローグ 紫紺の美姫
触れるものが全て憎い。
── ただそれだけ
周りの時間が止まったかのようにスロー。歩くたびに揺れるドレスの袖が、触れた生き物を消し去って行く。
汚らしい顔をしたゴブリンども。いちいち触れて回る時間すら惜しい。
お前たちに残りの時間など、もはや無い。全て奪い尽くす事に決めた。
お前たちがしたように……
静かに我が身の存在を隠していた魔宮テンペスタが、ゴブリンどもに侵略された。同じ闇の眷族として大目に見ていたのが間違いだったのだ。
奴らは魔宮の壁を打ち崩し、美しき美術品をまるで焚き木のように砕き、割り、火にくべて他のモンスター達を喰い漁った。
憂鬱でため息すら出てしまう……私はイザヤ、紫紺の美姫と呼ばれている。
── 麗しくは罪
それ故に魔宮テンペスタで流れる時を感じる事もなく、優雅に時の浪費を重ねて来た。そうせねばならないと定められていたから。
── それはよく言えば平穏、悪く言えば退屈
退屈しのぎに一度だけ定めを破って、とある街に行った事がある。でもその時は一緒に居た間抜けのせいですぐに帰る事になってしまった。
あれからまた何も無い日々に戻った。変化があったとすれば、毎朝の食事が楽しくなった事。魔宮の外から採って来らせた果物に味がするようになった。
いや、もしかしたら私自身が味を感じるようになったのかもしれない。
口の中に広がる甘い果汁が堪らなく美味しくて、新しい味を知りたい私は手下を使って、まだ食べたことの無い果物を探させている。
── 今の私の生き甲斐はそれだけ
全てのゴブリンを消し去る、黒いタイルを裏返して白に変えてしまうように。
一匹残らず……
ゴブリンのような汚らしい物には、金輪際触れたくも、関わり合いたくも無いのだ。
漆黒のドレスが歩く度に優雅に揺れて、誘われるように寄って来るゴブリンがドレスの長い裾に触れると消滅していく。
ゴブリンの王でさえ、その薄汚れた顔に歓喜の笑みを浮かべ擦り寄って来た。これが私、闇の眷属の女王。諦めていた怒りが心を掠めて暗闇に消えた。
お前も私も哀れよな……
一夜にしてゴブリン王国の洞窟からゴブリンが消え失せて、最深部にあった『ゴブリンの再生の宝玉』が粉々に破壊されたのであった。