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156 舞い踊る雷神

 斜に構えたライジングサン、ナイトパンサーから見ればモフモフうさぎにしか見えないのだが、見事な装飾の入った鍔の部分の龍の目が光を反射した。


 ブォンッ


 風を切る音が聞こえた後に、遅れて風の塊が体にぶつかって来る。


 立ち位置を変える事のないまま、モフモフうさぎが時雨が放つ豪雨のような大粒の水滴を全て弾き飛ばす。それは一粒ずつ弾くのでは無く、流れるような剣筋で全てを打ち砕いて行くのであった。


 モフモフうさぎの背後に斬られた水滴が弾け飛び、ナイトパンサーの顔を濡れていく。


(雨を弾きながら、更に前に進むなんて)


「アダプタドール」


 モフモフうさぎから見えない位置に移動して、巴御前が弓を空に向けて矢を射った。放たれた矢がモフモフうさぎの頭上に達すると、そこから放射状に電撃の矢となって降り注ぐ。


「当たったっ!」


 モフモフうさぎの反応に注目している巴御前が目を見張った。確かに電撃の矢はいくつもモフモフうさぎを撃ち抜いた。モフモフうさぎは気がつかなかったのか避けることすらしなかった。


「どうして?」


「我は雷神なるぞ。効かぬわっ」


 巴御前の方を見ることも無く、モフモフうさぎに憑依したライジングサンが言った。


「そうか、巴の攻撃と奴の属性が一緒なんだ。つまりさっきのアダプタドールのダメージはゼロかっ」


「ギルマス、俺が行くっ。アイスグラウンドッ」


 スタンガンが立花を地面に突き立てて、氷結魔法を放った。濡れた地面が槍の先から一気に凍って行き、モフモフうさぎの脚を捉えようとする。


 ビキビキビキビキッ


 音がスタンガンに迫る。


 凍った地面が割れてその割れを作った衝撃がスタンガンを襲った。


 バンッ


 という音と共にスタンガンの半身が弾け飛んだ。


「えっ、スタン」


 どこか手を抜いてくれているような気がしていた。だがそれはただの思い違いであった。いきなり槍戦士のスタンガンがやられ、目前に迫るモフモフうさぎを前にAZニャンの体に緊張が走った。


「あっ」


 声に出せたのはそれだけ。一瞬も気を抜いてはいなかったのに、気がつけば目の前に居たはずのモフモフうさぎの気配が背後にあった。振り返ろうとして胴体からずれ落ちる上半身の自由は効かず、首だけが後ろを見る事が出来た。


 自分を斬った剣を持つ男は、その冷たい表情を変える事なく巴の方を見据えていた。


 次の狙いが巴だと気づいたナイトパンサーがTAKAに声を掛けて立ち上がり、手にした時雨を一閃して水煙を作り出すと、その中に2人とも飛び込んだ。水煙は白さを増して一気にミルクのような濃い霧となった。


 巴御前もその中に飛び込み姿を隠した。


 周りを濃い霧に囲まれたライジングサンは空を見上げた。頭上はポッカリと空いていて青い空が見えている。


 トンッ


 と、軽い音を残して彼の姿は100m程の上空にあった。


 ライジングサンが両手の剣を太陽にかざす。太陽の光が刀身で強く反射して上空で回転するモフモフうさぎの周りに朧げな光の刀が何十、何百と生まれていく。万を超える光刀が空を埋め尽くして……


 それを地上から見上げたナイトパンサーが感動していた。


「あの時と同じ眩しい光、まるで雷光が消えずに残ったままでいるみたいだ」


 雷光の眩い輝きの集まりで埋め尽くされた空は、もはや地上からは眩しすぎてまともに見る事が出来なくなってしまっている。


「名も知らぬ人どもよ、しかと体に刻め。我はライジングサン、雷神が地上に降り注ぐは、太陽の光よ」


  ── フルメンテンペスタージ


 ライジングサンが上空で反転した。


 霧の中心に狙いを定めると、一気に空を蹴って地上に突っ込んだ。


バリバリ、ドォォォォォォンッ


 落雷の爆音が港町に響き渡り、ギルド夜の豹のクエストはここに終了した。







「って、待て待てぇ〜。モフモフさん何やってんだよぉ」


 遠くから聞き覚えのある声がする。


(所有者よ、これで良いのか?)


(ああっ、ありがとう。俺じゃ出来なかったわ)


(甘いのぅ、まあ良い。お主も人並みに女を手……)


(うっさい、さっさと引っ込めっ!)


(次はもっと楽しみである)


(うるさいっ)


 港の方からラヴィアンローズが走って来ているのが見える。遅れてローブを被った男の姿もあった。


「こら〜、やり過ぎだぁぁぁ。皆殺しなんて聞いてねぇよ〜」


 一応姿形は残っているナイトパンサー達。死んでしまえばログアウトする事が出来るはずだが、まだ全員の体の破片が穴の空いた通りに残っている。

彼らもまたラヴィアンローズの声を聞いて、そのまま声だけを聴きながら待機している状態であった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、まじ走ったよ。ちょっとモフモフさん、急げっ。体を集めてっ! 戻すから」


「戻すの? わかったわかった。ここに持ってくるで」


 モフモフうさぎの双剣ライジングサンは、いつものガントレットに戻り、モフモフうさぎの両手に収まっている。モフモフうさぎは、いそいそと誰かの胴体やら手や脚を一箇所に集めていった。


「みんなこんなになっちゃって」


 遅れて来たエルフの男が言葉を失った。彼の名は 【 ロイ・クラウン 】 訳あってロゼッタの屋敷で離脱した夜の豹のメンバーである。


「じゃいくよ。 ロイも離れて見ていて。いつか君も使えるようになるかもな魔法だ」


 ラヴィアンローズが凛とした声で呪文を唱え始めた。


 ⌘ この者に流れし命を我は再び結ぶ ⌘


 ── アナヴィオスィ


 目を閉じたラヴィアンローズの詠唱を、一言も聞き漏らすまいとロイが熱い視線をラヴィアンローズに注いでいた。


(これが回復系魔法の最終奥義、復活の呪文アナヴィオスィか)


 夜の豹のメンバー達の残骸を中心に金色の魔方陣が地面から浮かび上がった。魔方陣は回転しながら光でその残骸を包み込み3mほど上に移動するとスッと消えた。


 そして、眩い光に包まれて夜の豹のナイトパンサー、TAKA、巴御前、スタンガン、AZニャンが復活したのだった。


「殺したり、生きかえらせたり、一体なんなのあんた達」


 ブー垂れた巴御前が破れた服で身体を隠しながら言った。慌ててロイが自分のローブを脱いで巴に被せる。


「ふふふっ、俺達ズタボロだなっ」


 夜の豹のギルドマスター、ナイトパンサーがメンバーの姿を見て笑って言った。全員ボロボロになった服の切れ端を着た姿。巴は女だから少し可哀想だったが、目の保養と言ったTAKAが巴御前に蹴りを入れられていた。


「凄いね、モフモフうさぎさんは恐らく最強の剣士だし、ラヴィさんは復活の呪文を使える」


「聖騎士だよ」


 さりげなく言ったラヴィの横顔には、鮮やかな薔薇のタトゥーが入っていた。


「俺が強いんじゃないよ。こいつが変態なだけだ」


 モフモフうさぎが両手のガントレットを指して言った。


「それがさっきのライジングサン?」


 ナイトパンサーが近寄って見る。


「あーもう早く帰ろうよっ、あたしリアルにお腹減ったの。誰かに裸にされてショックだし〜、責任取ってよねっ」


「だが断る」


「意味わかんない」


 モフモフうさぎと巴御前がお互い笑って見せた。色々あったが水に流すと言うことか。


「みんなはクエストクリアしたから、ここからログアウトする事が出来るよね。それから入り直してお披露目会場に行けば、晴れて食肉ギルドとして認められるわけだから、もうちょっと頑張ってね。お腹空いた巴はご飯食べてからでもいいよ、ギルマスさえ居れば大丈夫だし」


「巴って呼び捨て? ちょっと薔薇の刺青がイケてるからってあたしのことを」


「ラヴィって呼んでくれ。ラヴィちゃんはもうやめたんだ、これからは男としてやって行くって決めたからさ」


「そっか」


 ラヴィの言葉を聞いたモフモフうさぎが小さく呟いた。


「わかったわ、ラヴィ。助けてくれてありがと」


「相変わらず声可愛いねっ」


「声だけじゃないんだからっ!」


「はいはいっ」


 ラヴィアンローズにとって、初めてフレンド登録したのが巴御前だった。


「今更握手したってフレンド登録は済んでるよ」


 首を横に振って手を離した巴御前は、モフモフうさぎにも手を差し出した。


「ラヴィとは再会の握手、あなたの事は何て呼べは良いのかな?」


「なんだろうねぇ」


 そう言いながらモフモフうさぎが巴御前と握手をした。アンタレスの世界では、握手する事がそのままフレンド登録となるシステムだ。


「ちょっとちょっと、俺も」


 他のギルドメンバーも手を差し出して来る。照れ笑いしながら全員とフレンド登録を済ませたラヴィとモフモフうさぎが、ログアウトして行く全員を見送った。


「帰ろっか」


「俺はロゼッタを迎えに行かないと。そう言えばリサは?」


「スワンに聞いたら城に戻ったって」


 《すまん、ラヴィちゃん。リサに呼び出された。今キッチンだ。いや全く俺は何をやっているんだ》


 会話を聴いていたスワンが、クエスト用のチャットで呟いた。


「だそうだ。俺は城に戻るよ」


 頭を掻きながらラヴィが言った。相変わらずリサの自由奔放さに振り回されているらしい。


「じゃあまたっ」


「うん、ロゼッタに宜しくって、ラヴィちゃん改め、ラヴィが言ってたって伝えて」


「ラヴィちゃん、じゃないラヴィはどこから帰るの?」


「ジャーン! 帰還スクロール」


「うおっ、まじか。それどこに帰るん?」


「噴水広場。あと2個あるよ」


 そう言いながら2つをモフモフうさぎに渡す。


「サンキュー、やっと便利になってきたな」


「そうだね、でもこれからだよ」


「あぁ、じゃっまたっ」


「うん、またねっ」



  かくして水の都アクエリアの税金の上前をはねる権益ギルドの1つが無事に決まり、次のクエストは他のGMが担当するので、ラヴィ達はクエストの様子をお披露目会場の巨大スクリーンでゆっくり見物する事が出来るようになった。


  最初のクエスト担当をこなして分かった事は、お披露目会の最後に行うロゼッタの騎士のお披露目が、何日か先になると言う事だった。どうやらこのままクエストを続けると、日が暮れてしまうのは間違い無いからだ。


  お披露目会場では、夜の豹のメンバーがログアウトする所まで放映されていた。さりげなく登場したモフモフうさぎが、ロゼッタの騎士である事は皆が知っている。だが、殆どの人がラヴィアンローズの事を見るのが初めてだった。




  復活の呪文で夜の豹のメンバーを生き返らせた聖騎士ラヴィアンローズ。片や、ライジングサンを操る剣聖の如き、モフモフうさぎ。



 ── 1人の剣聖と至高の聖騎士、それは虚像であり、偶像。


 ……それでも


 この世界で2人は息をして、笑って、泣いて、助け合って、恋をして今日を生きている。それはまぎれもない真実であった。

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