154 余韻
モフモフうさぎも分かっていた。雨に濡れたTAKA人形は、たとえ動きがマスタークラスでモフモフうさぎの能力を反映しているとは言え、素材そのものがプラスチックで、ソリッドの内部にワイヤーで骨組みをしただけの、あまり丈夫でもない物。
もしも濡れた体に電撃を流されれば、体が溶けて動けなくなるし、氷結系の魔法を使われると体の動きを制限される事になるだろう。どちらにせよ時間も無い、立ち昇る水蒸気は厚い雲のようで、モニターの片隅に表示されているお披露目会場で流されている映像も、雲で真っ白になってしまってどこに誰が居るのかさえ分からなくなっていた。
「ちょっと行ってこよ」
そう言って立ち上がったモフモフうさぎが振り返ると、そこには腕組みをしたロゼッタ様が立っていらした。
「どこへ行くつもり? もう終わったの?」
「あっ、お帰りロゼッタ。いやまだ終わっては無いんだけど、人形じゃあいつらにやられそうで」
「あの女をロープで縛ったそうね」
「う、うん。だけどちょっと時間が、行ってもいい?」
「私も行くわ。お前をたぶらかしたメス犬にはちゃんと躾をしないといけないから」
「いやいや、あれはクエストだからやっただけで、確かにあっちがそう思うかもしれない事もしたけど、それは不可抗力であって……」
「キスをしようとしたのね……私にはしてくれないのに」
「……してもいいの?」
「人形が壊されたわ。行くのなら急ぎなさいっ。私は行く所があるの、用事を思い出したから」
ロゼッタの目を見て頷くモフモフうさぎ。目を逸らしたロゼッタがドアの前からどいた。
「じゃ行ってくるよ」
そう言いながらモフモフうさぎはロゼッタの前を通り過ぎようとして、足を止めた。
2人だけの時間が数秒間過ぎて、モフモフうさぎが勢いよく部屋から出て行った。部屋に残ったロゼッタの頰が紅く染まっている。
「フウ……」
ロゼッタはモニターの前の椅子に腰掛けると、止めていた息を吐いて、余韻に浸るかのように静かに目を閉じた。
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モフモフうさぎが籠っていたモニタールームは、クエスト用の古びた洋館の裏通りにある、3階建のアパートの地下室だった。裏通りに飛び出すと、一気に地面を蹴って空中に飛び上がった。そのまま通りを跨ぐように空を蹴り進み、上空から円を描くように白い雲に囲まれた場所にめがけて突き刺さるように飛び降りた。
空を切った後に遅れて伝わる空気のブレ。それは雲の外から攻撃をした夜の豹のメンバーにも伝わった。
さっきまで、うるさかったTAKA人形の声がしなくなった。
どうやら雲の外からの攻撃、巴御前の弓の範囲攻撃のひとつ " アダプタドール " による電撃と、スタンガンの " アイスグラウンド " という足場を氷結させる槍の攻撃が、濡れた体のTAKA人形に有効だったようだ。
ナイトパンサーとAZニャンが魔法剣の時雨を鞘に納めた。それと同時に厚い雲が薄くなり水蒸気と化して、やがて消えていく。
「えっ、 あなたは?」
崩れ落ちた人形の側に1人の男が居た。 その手にはスラリと伸びた一対の剣。濡れた刀身が光を反射して、まるで黄金に輝くその剣の名は、" ライジングサン "
紺色のスーツを着てうつむくように佇むダークエルフが、静かに顔を上げた……