153 戦いの序章
相変わらず造作もなく巴御前が放つ矢を素手で受け止めるTAKA人形が、空いた右手を前に出してちょんちょんと指先を揃えて曲げた。
「お前らもかかって来いよっ」
TAKA人形の背後から矢を放ちまくる巴御前が手を止めて、詠唱を始めている。
「古の炎 火炎 魔炎 焼き尽くせ・・」
「させねえよっ」
TAKA人形が、手に束ねて持っていた矢をまとめて巴御前に投げ返した。それはただ放り投げたのではなく、TAKA人形の手を離れてまるで普通に弓で射られたように一直線に巴御前に向かって飛んで行った。
「危なっ」
詠唱をやめて地面に転がって矢を避けた巴御前。
「じゃあ、これはっ」
巴御前は片膝をついて矢をTAKA人形の真上に向かって放った。弓の範囲攻撃のひとつ " アダプタドール " 敵の頭上に放った矢が頂点に達した瞬間、傘を開いた様に光の矢がランダムに広がりながら地面に降り注ぐ攻撃だ。属性はもちろん光。対魔攻撃としても有用であるし、集めた敵をまとめて攻撃する事にも重宝する矢を使った魔法攻撃である。
「ぎょへぇぇっ」
頭上で光が爆ぜる瞬間、TAKA人形が飛び退いた。一瞬にしてTAKAの背中側に移動して、まるでTAKAを楯の様にしている。
「おいTAKA、あの女の弓スキルってもしかして高いのか?」
「師匠、近すぎです。一応俺たち戦っている最中でしょう?」
「お前だけは俺の味方だと……思って、でどうなんだ?」
近くに寄るとTAKA人形も、本物のTAKAも全く一緒の姿。違いがあるとすれば声が違う事、他には……
「ちょっと離れなさいよー、強いって言う割には相変わらず人質? 変態が」
「あいつ口悪いなぁ、なあTAKA」
TAKAの耳元でTAKA人形がこっそり言った。
「さっさとどいてっ、それから紛らわしいからTAKAは何か目印つけてよ」
「聞いたか、TAKA。俺たち見分けがつきにくいんだってよ。まあこれもダークエルフのやり方なんだけどな」
「巴は最近弓しか使ってなかったし、あんな攻撃初めて見た」
「そうか、ちゃんと努力はしてるんだな」
「TAKAっ、これつけろっ」
スタンガンが赤い腕輪を投げてきた。霧の谷ストレイで手に入れたアクセサリーで、スタンガンの攻撃の命中度を上げる効果がある物だ。
「ありがと、そういや巴は何で見分けがついてたんだ?」
TAKAが赤い腕輪を手にはめながら言った。
「そっちのエロ助は見たまんまコピーしてるから右利き。本物は左利き」
巴御前がドヤ顔で言った。
「危ねえな、お前ら。俺も本当は左利きだぞっ、右手でやってんのはハンデだったのによ。勘違いで殺されるとこだったぞTAKA」
「嘘でしょ、どうせ」
「ほんとあの女ムカつくなっ」
「そろそろ俺達もいいか?」
今まで黙っていたナイトパンサーが剣を構える。AZニャンと、スタンガンも臨戦態勢だ。
「いいぜっ、俺はこのままTAKAでやるわ。どんな隠し球かあるか楽しみ楽しみ」
TAKA人形が、本物のTAKAを離した。
「幻術は殺気を使いこなせ」
ただ一言そう告げながら。
ナイトパンサーの周りには、白い煙が立ち登り始め、それと同時に少し風が吹く。
「 " 時雨 " がどこまで通用するか試す機会が無かった。ちょうどいい良い機会だ、周りに人も居ないしな」
大粒の雨が降り出した。雨は次第にTAKA人形のみに打ち付ける様になっていく。
「ありゃりゃりゃ、濡れてしまったわ。マズイかな?これって」
TAKA人形がびっしょりになりながらナイトパンサーに向かって言った。この雨を降らせているのは、ナイトパンサーが持つ " 時雨 " 魔法剣だ。TAKA人形がAZニャンの方も見る。AZニャンも同じく " 時雨 " を持つ。
AZニャンの姿が霧で見えなくなっていた。それどころかスタンガンと、巴御前も、いつの間にかTAKAとナイトパンサーも霧で包まれて行く。
「ほう、そう言う使い方もあるのか。つーかこの雨ウザい」
雨に打たれながら、周りを霧に包まれたTAKA人形。
「ちょっとだけ、ズルしちゃおうかな……」
そのつぶやきは、大粒の雨の音にかき消されて聞こえなかった。