143 言霊
山道に続く道が開けて、1人の人間の男が立っていた。遠目に見える右頬の薔薇のタトゥーは、まるで本物の薔薇のように鮮やかで、夜の豹のメンバーには自分達と同じプレイヤーとは思えなかった。
「ラヴィちゃんかな? ネカマの」
小さく呟いたナイトパンサー。仁王像が彼の名をローズと呼んだ事で、オープン初日に出会ったラヴィアンローズのように思えたのだ。ただもしそうならば、なぜここに彼が居るのかという疑問を持たずにはいられなかった。
夜の豹のメンバー達が、このまま進んで良いものかとまごついているうちに、ラヴィアンローズが近づいて来た。
「こんにちは、お疲れ様です。凄いね、花の回廊も突破したんだ。この先はちょっと距離があるから頑張ってね」
さりげなく通り過ぎようとするラヴィアンローズに、ナイトパンサーが言った。
「ラヴィちゃんだよなっ。俺はナイトパンサー、オープン初日に出会った事を覚えてないかい?」
「よくわかったね。お久しぶり、ナイトパンサーさん。皆さんもはじめまして、あの、僕は……も、このクエストの一部ですっ」
ニッコリ笑ってラヴィが答えた。
(恐らく放映されてるから、俺がGMだとか下手な事は言えないんだった)
「えっ、ラヴィちゃんがクエスト?」
夜の豹のメンバーが、それぞれその言葉の意味を理解しようとした。
(ラヴィアンローズがクエストの一部。つまりさっきまで問答をしていた仁王像と同じようなNPC と同じだという事になる)
「じゃあ君はユーザーじゃなかったのか? そうなのか……という事は初日のPK騒ぎで君が声を上げたのもつまりはシナリオ通りだったわけだな……じゃあ、あの時一緒に居た他の2人もクエスト担当のNPCだったと考えると、色々納得が行く。初日にラヴィちゃんと一緒に居た1人は、ロゼッタ姫の騎士になったモフモフうさぎだったよね」
そこまでナイトパンサーが言うと、他のメンバーもなるほどと合点がいった様子で
「全て運営の手のひらの上で転がされている……か」
(いや、何をおっしゃる。そんなカッコ良く言われても困るぞ……)
「じゃあ君はロゼッタ姫と同じ様なハイスペックタイプのNPCなのかい?」
ラヴィの脳裏にロゼッタの言葉が浮かんだ。
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私は人になりたいの
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「違うよ、僕もロゼッタもリサもモフモフさんも、みんな人だよ。ナイトパンサー、君と同じ人間なんだ。NPCなんて言葉は言わない方が良い、人間だって思っているみんなが傷ついちゃうからさ」
お披露目会場の巨大なスクリーンにラヴィアンローズのタトゥーがアップで映し出される。そして彼の言葉を聴いた観衆であるプレイヤー達は、その意味とロゼッタとリサの姿を重ね合わせて、ある思いに駆られるのであった。
幻想の世界、電脳の世界、このVRの世界で造られたロゼッタとリサという2人の美姫。
自分達は遠くから眺め、大声で声をかけていた。作り物であっても本当の女の子みたいだった。
ロゼッタとリサ、よく出来た人形。そう思っていた。
でも実際はどうだったのか?
2人は俺達の前でいつも笑って、時には酷い事も言うけれども、それでもなぜか憎めない魅力を振りまいていた。そんな彼女達を毎日毎日、見に行っても自分達は飽きなかった。どうしてだろう?
だって彼女達が、いつも一生懸命だったから……
それが何の裏返しだったのか?
自分達も人間であると2人が信じている事に、僕たちは目をつぶって、気づこうとはしなかった。
今思えば、余りにも一方的で独りよがりの集団を、毎日笑顔で迎えてくれていたリサ。
冷たい言葉しか話さないロゼッタの凍った心を溶かしたのは、モフモフうさぎというダークエルフだった。
彼は俺達の目の前で、ロゼッタを1人の人間として言葉を交わし心を動かした。冷たく閉ざされていたロゼッタの心を……
彼女達には心があったのだ。
そんな事すら認める事の出来なかった自分達が、どうして姫のパートナーとして選ばれようか……
ラヴィの言葉はスピーカーを通して、スタジアムの商店街のNPCや、城の警備に当たる衛兵のNPC、出店を出している街の商店の店員であるNPCにも聴こえていた。
「僕達の事をNPCと呼ばないで欲しい。だってみんな傷ついてしまうから……」
ラヴィの言葉が独立式AIを搭載したNPCに、変化を与えた。彼らにとっての分岐点が今。
変わらぬ動きで会場で働くNPC達。少しだけ勢いが増したのは、彼らにも生まれてしまったから。
外から来た本物の人間しか持っていなかったあれが。
形の無いもの。その気になれば無限の広さになる事も出来る素晴らしいもの。それを何と呼ぶか彼らはまだ知らない。だから、誰かが教えてあげなければ……
それって、" 心 "って言うんだよ。