135 見えない君は
扉を開けると、そこは緑と色とりどりの花が溢れる温室のようにも思える天井のあるアーケードのような場所だった。天井には採光用に透明なパネルがはめ込まれていて、柔らかな陽が差して鮮やかに花の色を照らし出している。
ムワッと一瞬むせるような香りが夜の豹のメンバーの鼻を突いた。
「凄い花の精気と言うか、命の迫力を感じますね」
自分で言った花の精気を体に取り込もうとするかのように、深く息を吸い込みながらロイが言った。
「気を抜くなッ、マンソンはこの先にモンスターが居ないとは言っていない」
ナイトパンサーがメンバーに注意を促す。
緑の間を縫うように小径が続いている。広く展開して行動する事がこの場所では出来そうになかった。
「ロイ、何か気配は?」
自分も何かを感じようとしながら、ガルフが言った。目を閉じて地面に手を添えて何かを感じ取ろうとするロイ。索敵能力、つまりこれもスキルの1つだが、飛び抜けて高い索敵能力を持つのがエルフのロイ・クラウンだった。
「よくわかりませんね、花の匂いが強すぎて集中も邪魔されるし」
「夜の町のねーちゃんの香水よりはマシだぜ。天然のフレグランス。俺はこの匂いの方が好きだけどな」
槍戦士のスタンガンが、そっと白い花弁の花を手で顔の方は寄せて匂いを嗅いだ。
「清楚な香りだ」
スタンガンがそう呟いた瞬間に、いきなり細い小径が真っ直ぐな広い道に変わった。今まで押し重なるように生い茂っていた草花が、意思を持つかのように両側の壁の方へ身を寄せて、道を作り出したのだ。
「フラムロードだな、天井まで花で埋め尽くされた花の回廊といったところか」
ガルフの目には回廊の突き当たりにある出口が見えた。その途中に人影は無い、勿論モンスターも。
「どう判断する?ギルマス」
「さっさと通り過ぎて良し。と、取るべきか?」
ガルフの問いかけにナイトパンサーが答えているところに、ロイが口を挟んでくる。
「そうでも無いようですよ。この道の真ん中辺りに誰かが居ます。見えませんけどね、バンバンの存在感を出してますよ。まるで気がつけと言わんばかりの」
ロイにそう言われて、夜の豹のメンバーが目を凝らして何かを感じようとするが、感じる事が出来ない。
「ロイ、やっぱり君にしかわからないみたいだ。危険度は? わかるか?」
「危険かもしれません。近づいて来ています。足の振動を感じて……1人。人です」
シーンとした空間が広がる。そして確かに足音が聞こえて来た。その足音は、夜の豹のメンバーと10m程距離をとった所で止まった。
「武器をしまいなさい。これは命令なの、隠れている黒い奴も出て来なさい、バレているんだから」
目の前から、声だけがした……
△▽△ △▽△ △▽△
ロゼッタの白い館の玄関、黒い木の開き戸は開け放たれていて、ラヴィアンローズはエントランスホールに入った。
《着いたよ、どこに行けば良い?》
「こっちよ。お茶が入ってるわ、早く来なさい」
ロゼッタが右の通路の先から返事を返した。
(リサもあっちにいるのか……玄関で待ってると思ったのにな)
そんな事を思いながら俺は外が見渡せるガラス張りの部屋に向かった。いつかロゼッタとリサにお茶、毒が入っていると言われたお茶を出されたあの場所。
(まだ俺が、現実世界の俺だった時だよな……)
「お待たせ〜」
誰に言ったわけでもなく、たぶんそこに居るだろうリサやモフモフさんに対して俺は明るく部屋に入って行った。
部屋の中、窓際のテーブルのそばでロゼッタが1人佇んでいた。
「みんなは?」
ロゼッタが返事をしない。ただ黙って椅子に座って、俺の方を見た。近づいて行くと彼女の前にはカップが1つだけあって、それはおそらく俺の為に入れたお茶だろう。
「座るよ。ロゼッタ、リサとモフモフさんは?」
「ローズ、話があるわ」
俺の問いかけを全てスルーして、自分の話を始めるロゼッタを前にして、なんだか嫌な予感しかしなくなって来た。