124 2%の懐勘定
これだけの音楽隊をどこから連れて来たかなんて野暮な事は言わないでおこう。
初代アラネア公爵スワンの2人の娘、ロゼッタとリサ。この2人の姫専属の騎士を選ぶというイベントが今日で終わる。一夜にして立て直した観客席はスタジアムのようにステージを取り囲み、宙に浮いた4面の巨大なモニターは、遠くの観客席にもステージの様子が見えるようになっていた。
スピーカーにモニター、中央の広場に芝生でも敷けば、野球でも出来そうな……というか野球場をそのまま持って来たみたいな会場は、外観だけを言えばローマのコロッセオ。入ってみればいきなりショッピング街が両側に展開している通路に人が溢れて、会場とは別の活気に満ち溢れている。
△▽ △▽ △▽
続いて登場するのは、アクエリア食肉ギルド会長、マッテオさんですっ。
「ウォォォォォォ」
「肉よこせぇぇぇぇぇ」
「お前のとこの肉はうまぁぁぁぁぁぁ」
相変わらず、絶叫大会と化しているお披露目会場。
遂にマイクまで使用する様になって、ファンタジーを基本とした世界観が、随分と現実社会寄りになってきている。
中央のイベントステージに出てきたマッテオの姿は、スタジアム中央の上空に浮かんでいるモニターに映し出されて、その声は会場の至る所に設置されたスピーカーから流れる仕組みだ。
「おほんっ、えー私が肉屋のマッテオで、肉ギルドのギルドマスターであります。お集まりの皆様方には、日頃からご愛顧頂きまして大変潤っております」
「金返せぇぇぇぇ」
すかさず突っ込みが入る会場。笑いもどっと起こる。
「えぇ、えぇ、そこで日頃の感謝に変えまして今回ご用意致しましたのは、なんとっ、な、な、な、なんとっ」
「早く言えぇぇぇぇ」
「肉喰わせろォォォォォ」
「なんとっ、肉ではありません。しかーしとんでもなく素晴らしい物をご用意しました。それは……」
ここで音楽隊のドラムが盛り上げる。
「パァーン」
シンバルの音が鳴るのを待ってマッテオが言った。
「肉ギルドの売り上げ総額の2%を、週に1度ずつ貰うことの出来る権利です。どうだぁっ、驚いたかっ」
マッテオの声はショッピング街のスピーカーからも流れている。人々は買い物の手を止めてマッテオの話を聞いていた。ギルドの権益が手に入る話…… 聞き逃すわけにはいかない。
「静かになったな、そうだろう、そうだろうよ。だいたい肉屋がなんでギルドなんかやらなきゃならないんだ。そもそもだな、ギルドってのはお前らがやるもんだろっ。肉屋の2%やるからギルドの仕事をしろって言ってんだ。どうだぁぁぁ、肉屋になりたいかぁぁぁぁ」
聴衆が頭で計算している。安いのか、お得な話なのか?
「うむ、何をするのか知りたいって今誰か言ったな。よし、教えてやる。肉のギルドになってやる事はだな、肉の買取価格の設定。当然買い取り価格が上がれば販売価格も上がるって訳だ。そこのバランスが難しい。いっぱい売れなきゃ懐に入る金も増えないんだしな。ちなみに肉ギルドは国に5%払ってる。今回その内の2%を担当ギルドに回すって話だ。で、今週の5%の金額だけどな…… えーっと、確か45万レイぐらいだったぞ。だから2%だったら18万レイが貰えるって事になるんだが。やりたい奴、というかやりたいギルドさんはいませんかぁぁぁぁ?」
今日のメインイベントは、決まってしまったロゼッタ姫の騎士のお披露目である。だがイベントスケジュールには、午前中からびっしりとマル秘お楽しみ会と書かれた時間割で埋め尽くされていて、その第1弾が肉ギルドの権益2%という話であった。
「という事は、武器商、防具商、雑貨商、カフェとかの外食系をまとめる商会、まだ他にあったかな、とにかく売り上げが多いとこを狙うのがいいよなっ。ギルマスどこ? ちょっとギルチャしてみるわ」
そんな話が会場のあちこちで始まった。ギルドチャットという、ギルドメンバー専用のチャットシステムは、アクエリアの街の4分の1範囲内に居るギルドメンバーとなら通信する事が出来るものだ。
「肉ギルドの他に食品系は、パンや日用食品系、飲み物回復薬品系がある。毎日売り上げが安定しているのはどの部門も変わりない、狙ってもいいんじゃないか?」
暫く時間がかかるのは想定内だったのか、マッテオは司会進行役のピクシーと雑談を始めている。その会話の内容もしっかりマイクが拾って会場に流していく。
「マッテオさん、今度僕とコラボしません? 僕のプロデュースした携帯糧食に、肉を使いたいんですよ。缶詰にゴロゴロステーキとか、肉肉サンドとか最高と思いませんか?」
「いいねぇ、俺もこの前食ったよ。あのモチモチした奴は最高に美味かったぜ。今度うちの店に来てくれよ、色々作って見ないとなぁ」
肉ギルドに新商品開発情報有り。聞こえているのを分かった上で言うのはマッテオの計算なのか?
会場の様子を伺いながら、したたかにタイミングを計るマッテオ。大事な話はこれから始めるのだ。