117 コーヒーが好き
朝起きて、今日はついにコーヒーを淹れる事になった。お水はアクエリア神殿の泉まで階段を登って、わざわざ汲んで来たもの…… フレディがだけど。
円形のアクエリア噴水広場に面した一等地に建つ私の家は、噴水を中心に見れば南東の位置にあって、重厚な趣のある3階建のアパートだ。お部屋の数がたくさんあって、エントランスホールから左右対称の配置で1階は3つの部屋。2階と3階にはそれぞれ4つの部屋……部屋というよりマンションという言い方のほうが当たっているのか分からないけれど、1つの部屋の中にまた部屋が沢山あって、住居として成り立ってしまうようになっているの。
行くあての無いフレディには1階の右側の部屋をあげた。今日から管理人として働いてもらうし、私のお手伝いもしてもらうから家賃はタダ。
フレディにはタダほど高いものは無いって言葉を教えてあげたの。意味が分からないって言ったから、蓋つきのガラスボトルを渡してアクエリア神殿の泉から水を汲んでくるように言ってみた。
「水道があるのに何で?」
なんて期待通りにフレディが言ったから、追い出すわよって言ったら走って汲みに行ったわ。出かける時に、女神様にちゃんとご挨拶をしてお水を飲んで来なさいって声を掛けた。たぶんあの子はそのうち本当にゴブリンじゃ無くなると思う。だって、最初は手が長くて人としてはバランスが悪かったのに、今では背筋も伸びて手の長さも普通の人と変わらないぐらいに短くなって来ているから。
霧の谷ストレイだけだと思っていた、物事が変化してしまうという事が、普通にアクエリアでも起きている。私はそれに気がついたの。もう不思議とは思わないし、むしろ当然の事だと思うようになった。だからフレディが人間の顔になってしまうのが楽しみだし、きっとそうなるって言い聞かせてある。その時はもう糸で外見を変えなくても良くなるんだし…… 私もそうなりたい。
── でもね、リサがいいって言わないとダメだよね。
コーヒー豆、ドリッパー、ネルじゃなくて紙のフィルター、仕組みの分からないコンロ、ヤカンに鍋にフライパン。シンクも何もかもが揃っている。
だってスワンにデータを落として貰ったもん。コーヒー豆の匂いと味は、私の一存で決まってしまう。だから私の好きな味のコーヒーが飲めるわけで、目の前のフレディがきっとドキドキしながら出来上がるのを待っているに違いない。
「いい匂いでしょう?」
「はいっ、でもなんで僕の部屋なんですか?」
「んっ? あなたのお部屋が1階だからよ。みんなが来たらすぐ分かるじゃない」
「もう来るかな、モフモフさん」
「モフモフさんはどの部屋が良いって言うかしら? まだ2階の部屋のどの鏡なのかが分からないから、1階か3階にして欲しいんだけど」
この前のGM会議は、反省会で終わってしまった。何が悪いのかって部分で、遠慮の要らない私がズケズケと物を申すもんだから、元々のGMさんが困ってしまって結局レポートで提出する羽目になってしまった。
会議の後でスワンを捕まえて色々おねだりをした結果がこのコーヒーセット。欲しいものは他にもたくさんある、元の世界を忘れて何もかもこっちの世界に染まれなんて出来ると思う? 毎日テレビを見て、ネットで動画を見て、炭酸を飲んで、ネット小説を読んで、ポテチを食べて、友達と遊んで……
── 普通におにぎりを食べたい。
本当のなんて贅沢はもう言えない。いいえ、そんな事は無い、変えてみせるんだから。
「悲しいんですか?」
「フレディには悲しいってわかるの?」
「ラヴィさんが目の前に居て、分かりました。そんな気持ちを悲しいって言うんですね」
「嬉しいって気持ちは知ってる?」
「はいっ、知ってます」
気持ちの伝播、それが起きている。心を閉ざした人には伝わらない気持ちが、フレディには届いてしまっている。この子は心を閉ざすなんて事は知らない、ならば私は強く明るくしてあげなきゃねっ。
「嬉しいんですか?」
「うん。あなたが居るから嬉しいの」
口角を上げて、ニッコリ微笑む。
「ラヴィさんて、可愛いですね」
何度も言わなくていいのよ、フレディ。何度も言ったら嘘みたいに聞こえちゃうじゃない。本当の事を言いなさい。
「泣かないで、ラヴィさん」
「バカ」