116 泉の秘密
(ねえ、みんなっ、私はみんなの元の姿を知らないの。だから今から力を流すから、みんな自分で元々の姿に戻ってくれないかな?)
(ローズ、力をありがとう。いっぱい葉を茂らせるよ。私はこの辺りの家を緑で包んでいたの)
(ありがとうローズ。折れた蔓も、枝も全部元通りだよ……もっと大きくなっていい?)
(もちろんよっ、でも家を壊さないでね)
(大丈夫さっ)
家に巻きつくように太い枝が伸びていく。木の家と見紛うような緑に包まれた家が出来上がると、まるでそれを真似ていくように次々と木々が家を包んでいき、通りの木々の幹は太くなっていった。
「そういう事ですか…… 確かにこれでは元々の家なんてなんでもいい気が」
フレディが、どこが家の入り口なのか分からないほどに、まるで森の一角と化してしまった通りを見て言った。
ラヴィがブツブツと何かと喋っているのを見ていたら、いきなり周りの木々が成長して…… いや、折れた木が復活して枝が生い茂り蔓が家を覆っていって。
ラヴィが植物と話しをしている。さっきから誰も居ない空間に話しかけるラヴィの事を、そんな癖でもあるのかと見ていたのだが、ラヴィが携帯端末を使っていないのに、木々が復活していくのを見てフレディは気がついた。
「僕の体をがんじがらめにしたのもこの力だったんだ」
「あっ、そうそうフレディ。今からアクエリア神殿に行くわよ」
「えっ、なんで? 確か神殿は壊していませんよ」
「うん、でも2人で暴れたでしょう。それに街を壊してみんなをボロボロにしてしまってさ、全部元に戻したって報告しなきゃ」
「誰にですか?」
「アクエリアの女神様によ」
(みんな、もう行くねっ。元気になってよかった)
(ローズありがとう。また来てね)
植物達の声が響く。でもそれはラヴィにしか聞こえない声だった。
「さっきから誰と話しているんですか?」
「んっ? うん、みんなと。みんな大きくなったでしょう。なんだか大きくなり過ぎな感じもするけれど」
「みんなって、木とかあの家をくるんでしまった木の枝みたいなのとかの事ですか?」
「そうよ、 好きにしていいって言ったらこんなになっちゃった。あららら、まるで森の中ね」
そこまで広くない路地を覆い尽くす程の大樹が茂り、星空も、葉の隙間からしか見えない。そんな小路をラヴィとフレディは歩いて行く。ラヴィが進むにつれて進む先の木々が競うように生い茂り……
アクエリアの森の小路と名づけられたこの一画は、後日ユーザーに人気の住宅街となった。家賃も高く、買い取りとなると他の地区の2倍の評価額で取り引きされる森の癒しの隠れ家。そんなアクエリアの北東地区が出来上がったのだ。
「さてっ、思い出深いアクエリア神殿の階段ね。あなたは人混みに紛れてこの階段を登って行った」
噴水広場は、真夜中とは言えど人は相変わらず多い。一通り神殿も見に行って、街が見渡せる事以外にやる事が無いのを知っているのか、階段を登ったり、降りてきたりするプレイヤーは居なかった。
ドラマのナレーション風に解説しながらフレディと歩くラヴィ。フレディもそれに合わせて返事を返していく。
「見えない追っ手に気づいた侵入者は、呪文を唱えて広場に凶悪なトロールを1体放った。トロールは期待通り大暴れを始めた」
「トロールは町の兵隊がなんとかするはず。私は侵入者を追って階段を駆け上がって行く、そして緑達にお願いしてあなたを捕えた」
「予想外の触手の攻撃に戸惑ったけれど、炎の魔法で難を逃れたのは運が良かった。侵入者はすぐさま階段の下に向かって炎撃を放った」
「私は階段から身を投げたの、糸で落ちないようにしてはいたけれど、すごく怖かったわ。あんなに高い所から飛び出させるなんて非道だわ……」
「えっ?」
「冗談、フレディ。もうすぐ登り終えるわ」
「ラヴィさん、今更ですけどあなたは何者なんですか?」
「分からない、でも今ははっきり言えるわ。私は乙女よ。儚い運命に翻弄されている途中のヒロイン」
そこまで言ってラヴィは黙ってしまった。
「フレディ、私もね、あなたと同じこの世界に暮らす1人なのよ。仲良くしようねっ」
「はいっ!」
2人が戦った神殿の中には、ゴブリンだったフレディが燃えた跡が残っていた。
「あの時あなたは死んでいなかったの?」
「はい、着ている服は燃えない物です。炎に包まれて死んだふりをしていました。針が刺さって足が痺れていましたし、動けなかったんですけどね」
2人は立ち止まった。目の前に淡く月の光で照らされる泉がある。円で縁取られた泉の中央から吹き出すように水が溢れて、コンコンと流れは何処かへ消えて行く。
「僕はこの中で身体を洗ったんです」
「えっ? 泉の中で? ちょっと、この泉って女神様自身なんだけど」
「ええっ! って何ですか? 泉が女神様」
「そうよ、アクエリアを作った女神様が姿を変えたのがこの泉なの。罰当たりよっ、天罰が下るわ。怖い、怖い」
……
「何も起こりませんね」
「そうね、女神様にとっては些事なのよ。取るに足らない出来事。でもわかったわ、あなたがゴブリンでなくなった訳が。この中で泳ぐなんて普通の人でもしない事だもの」
「身を清めたって言って下さい。ありがとうございます、アクエリアの女神様」
「女神様、街は元に戻りました。緑も以前より元気になりすぎてます。これからも宜しくお願いします」
2人の声は届いたのであろうか?
月明かりできらめく水は、変わらず溢れるように湧き出しているのであった。