114 ステンドグラス
本来、呪いを打ち消す力は、神に仕える者に対して与えられる。物理的な毒に対処するラヴィのような能力者には、呪いとは別次元のお話で、今回神官を呼び出せという考えは、正解なのであった。
アクエリアの神という存在、人々が敬い崇めたてる存在は水の神様アクエリアそのもの。アクエリアで起きる奇跡の数々の力の源は、アクエリアという神様が居るからだと信じられている。
「という設定なのね」
ラヴィが建ててしまった大聖堂の中で、夕陽が染めるステンドグラスを見上げながら長椅子に座ったラヴィがスワンに言った。
「お陰で助かったよ。ユーザーが苦しんで死んでしまって、明日からログインして来ないなんて事が起きたら大変だった。そもそも今回のような事が起きた時の対処方法が分かっただけでも、収穫があったと思いたい」
「みんなケロッとしてるね」
周りに居るのはラヴィ達だけでは無い。神官達が呪いを解いて回ると、兵隊だったユーザー達は次々に目を覚ました。そして大聖堂がいつの間にか演習場に鎮座しているのに気が付き、何が起きたのか理解していったのである。
自分達が何らかの呪いを受けた状態だった事、呪いを解くには神官に頼れば良い事。敢えて体験させる事で、この話はユーザーの間に広がっていき常識となっていく。
それを運営が仕込んでいたという事実を。
壁の替わりに細い柱と柱の間をステンドグラスが埋め尽くす大聖堂のメインフロア。それぞれのステンドグラスの壁は左から見ていくと、そこにはアクエリアの歴史が物語として描かれていた。
水の女神アクエリアが緑溢れるこの地に、一滴の水を垂らした。するとその雫は大きな湖となり、女神アクエリアはこの湖を住処として、周りの緑の森の隅々まで清らかな水を行き渡らせて行った。
次第に森は大きくなり、その中で女神アクエリアの湖は静かに存在していく。
ある日、森の中からエルフ達が現れた。エルフは森の住民、清らかで深い森を好み、探し当てたアクエリアの森の奥深くへとやって来て湖を見つけたのだ。
エルフ達は湖に神秘の力が宿る事をすぐに気づいた。そして自分達がこの森に住まう事を許して欲しいと、湖に向かって祈りを捧げた。
女神アクエリアも、森の民エルフの事は知っていた。森を守り、森と共に生きるエルフなら構わない。むしろ彼らも森の一部なのだから私の森に現れて当然だと思った。そして彼らの為に湖の上に街を築いた。
長い間一緒に生きてきた森を草木1本傷つく事がないように、エルフ達に住居を与える為に。
エルフ達は最初はそれを断った。自分達も森の中、木々と共に暮らしていきたい。そう伝えたのだが、女神アクエリアはそれを望まなかった。彼女はエルフ達に伝えた。
"私と共に森を守りなさい "
彼女はそう言い残すと、湖に浮かぶ円形の街を築き、その中央の神殿の中の泉に姿を変えてしまったのだ。
エルフ達は女神の作った街に足を踏み入れた。するとそこは緑の溢れる街、至る所に水の流れがあり家々の壁には蔦が絡み、木々が生い茂り森の中の街だった。
"私は長い間森を見てきた。これからもずっと森を守るわ、だから森の全てが見ることが出来るように、街を回すことにします。子供達、ようこそ水の都アクエリアへ "
エルフを子供達と呼ぶと、女神アクエリアはアクエリア神殿の中の、勢いよく湧き出す泉に姿を変えて消えた。
(そうなんだ、あの泉は女神さま自身だったんだ。だからフレディが転がした呪い玉が押し返されたって言ってたのも……)
「挨拶に行かなきゃねっ、スワン。泉の女神さまに」
立ち上がったラヴィがモフモフとフレディを探す。2人は広い大聖堂にある尖塔の上に登って行くと言っていた。もう帰って来る頃か。
「ラヴィちゃん、明日の昼からGM会議だ。さすがにゴブリンもゲートが無くなってしまった今は、こちらへは今日明日に来る事は無いだろうし、みんな疲れたから帰ることになった。ああっ、明日の昼と言ってもこっちの世界じゃ明後日の昼だな。公文書館のモニタールームに来てくれ」
「そっか、みんなは帰って眠らないとね。お疲れさまっ、スワン」
座ったままのスワンの肩に触れてから、ラヴィはモフモフ達を探しに行った。プレイヤーの人混みの中を掻き分けて行くラヴィの姿が見えなくなる。
「はぁ〜、ははっ。何考えてんだろ、俺」
スワンも立ち上がり、ステンドグラスを見上げて呟いた。
「女神さまか……」