103 月呑みの大槌
AIを搭載したゴブリンの集まり。その設定は特殊であった。
人間のNPCのように、個人でバラバラに行動する事が当たり前の自由度の高い設定とは異なり、群れとしての集団がひとつの括りとなる設定がベースとされていた。
勿論、ゴブリン単体で行動する事も当たり前に出来る事だが、種族に属するという、言うなれば種を守る、種を保つというすり込みがなされている状態のAIの集まり。
それがゴブリン王国のゴブリンであった。
本来アクエリアでは人間のフィールドに設置する予定では無かったゴブリン王国。一般にそこらの洞窟に住むモブとしてのゴブリンとはまるで違う生き物、つまり呼び名がゴブリンでなくても良かった話であるが、新たなモンスターの呼び名を作るよりは、ユーザーに違和感の無いモンスターの名前を採用しただけだった。
残忍で狡猾をベースに、優れた知性を備えるゴブリンを束ねる、ゴブリン王、ファブサイスは考える。
(ベルクヴェルクは計画通り進んでいる、アクエリアからの成功の連絡は無い。ベルクヴェルクの森の4つのゲートは全て使えなくなってしまった)
「ゲートを作る方法は?」
「奴らの秘儀であると思えます」
「今我等が出来る事は?」
「ベルクヴェルクの奴らを地獄に落とす」
ゴブリン王、ファブサイスの周りを取り囲む何人かのゴブリン、その顔は暗い洞窟の奥に築かれた王宮の中では、夜目が効く者で無ければ見る事が出来なかった。
「叩き潰して来る。王よ、地龍砕きの大槌をお借りする」
ゴブリンの将軍の1人、アナンが出て行った。 "地龍砕きの大槌 " 、ドワーフは地龍退治のハンマーと呼ぶ、ユニーク武器のトールハンマーは、ゴブリンの将軍アナンの手にあった。
「アナン」
ゴブリン王、ファブサイスが呼び止めた。
「ベルクヴェルクの鉱山は残せよ。ドワーフの3つの宝の1つが残っているからな」
「任せろ」
ニヤリと笑いながら、彼を見つめる王を取り巻くゴブリンに返事をした将軍アナンは、地龍砕きの大槌を肩に抱えて暗闇の中に消えて行った。
△▽ △▽ △▽ △▽
それは突然夜明け前の空に現れた。
ゴブリンの夜襲に備えて一夜を過ごし、あと少しで月と太陽が入れ替わる・・そんな時間
ベルクヴェルクの外壁の上で、街の外を監視していた数名の弓部隊の隊員が気づいた。
月が消えた。
彼らが哨戒していた外壁の上の遊歩道を照らす月明かりは、真夜中でも充分な視界を確保してくれていた。突然周りが真っ暗になり、何事かと外を見て違いに気づいたのだ。
空に斜めに傾いていた月が闇に飲み込まれて消えてしまっていた……
彼らの記憶は、その後耳鳴りがした事だけで終わってしまっていた。
ただ1度だけの激しい地響き、音と地面の揺れと衝撃波がベルクヴェルクの残りの街に押し寄せた。そして、瓦礫が地面にいくつもガラガラと落ちる音が遠くから響いた後に、再び地面が揺れた。
地響きの音も揺れも、さっきよりも大きく、街に何かが起きている。そうとしか思えない状況だ。
3度目の激しい揺れの後に、鉱山の入り口の中で休んでいたドワーフの王子スティングと、ピクシーとポールが山の中腹から見たのは、薄明かりの中に、火花を纏いながら空から振り下ろされる超巨大なハンマー。
月が沈んで、朝日が山の稜線から覗く頃には、砂埃で覆われたベルクヴェルクの街の全景が現れて、街の上から巨大な何かで何度もスタンプされたような、廃墟、潰れた岩石が転がる悲惨な光景が広がっていた。