98 この状況を変えなくては
「殺せない。だから許せない、と書いてあった」
《えぇっ! マジで?》
俺はフレデリックの言葉を、頭の中でスワンに伝えていた。それを聞いてスワンが驚いている。
「手紙に書いてあったのは、それだけなのか?」
フレデリックが首を横に振った。
「私の主観は抜きにして、端的に言います。手紙には他に、アクエリアは水の街、全ての水はアクエリア神殿の泉から始まる。そこに毒を入れろ、水を毒で汚してしまえばアクエリアの住民は皆殺し出来る。それから街の地図。街の周辺の川と水路。隊長の人数と軍隊の規模。武器の種類と防具の役割。ドワーフの王子の存在。ドワーフの3つの宝」
一気に話してから、フレデリックはモフモフさんと、俺を見て言った。
「モフモフさんとラヴィさんの事は書かれて無かったです。お2人は何者なんですか?先程から軍隊の誰かとお話をされている様子です……アクエリアを守護されているのでしょうか」
(基本フレデリックは鋭いし、たぶん頭が良い。ゴブリンが全員こんなだったらマジでヤバイで)
「うん、してる、ねっ。そういえば手伝えって言われたしね。間違いない、僕達はアクエリアの影の守護者……」
(このままふざけてヒーローとか言ったら、モフモフさんに絶対怒られるな……)
「フレデリック、そういう事だ。俺達はアクエリアを守る、だからお前の力も借りるぜ。たとえ敵がお前と同じゴブリンでも大丈夫か?」
「はいっ、フレデリックはモフモフさんの仲間。命の限り忠誠を誓います。お2人の立場が分かりました、ならば、もう遅いけど……あの、ベルクヴェルクには軍隊は?」
《殆ど到着して、今はゴブリンの襲来に備えて部隊を展開中だ。今の所、ゴブリンは襲って来てないが。嫌な事を言うなよ……》
「もう着いているって言ってる。まずいのか?」
「ゴブリンの呪いの玉は、ベルクヴェルクにも仕掛けられています。あの街は山の中から地面を通って、街の至る所に湧き水が出ています。ゴブリンは、鉱山の奥の水の流れに呪いの玉を入れる予定です。タイミングからすると、もう入れているはず、だから軍隊の人はベルクヴェルクの水を飲んではいけない。口に触れただけで、2日後には苦しんで死ぬんです」
《すぐには死なない?味は?聞いてラヴィちゃん》
「味はするの?それと即死する事は無いの?」
「無味無臭、色も変わりません。飲んでも1日は変わらない……みんなが飲んでしまった頃に毒は効果を発揮します」
《だそうだ。直ぐ連絡してスワン。水を飲むなって》
《どこにその呪いの玉を入れたんだ?そっちのゴブリンは知っているのか?水は既に呪い玉を仕込まれていたとしたら、手遅れだよ。現場でがぶ飲みしている光景を沢山見た》
「呪い玉の毒を止める方法はないの?」
フレデリックは頷いた。
「山の水脈に玉を入れたら、取り除く為に探し出すのは不可能です。ベルクヴェルクは終わりです、もう2度と人が住めない場所になります」
「ゴブリンも住めない、だよな?」
「ゴブリンは住まない。でも、人間やエルフ、ドワーフを捕らえて奴隷として山を掘らせます。水が飲めない環境に放り込んで、綺麗な水を報酬にして従せる」
(えっ?えっ?そこまで考えていたの。ゴブリンはそんな考えを……)
「ゴブリンの計画は、アクエリアの人とエルフを皆殺しする事が最終目的です。ベルクヴェルクからゴブリンが消えたのは、アクエリアの兵力を削ぐための罠。どうやら見事に嵌はまったようですね。これで私が成功していたら、ゴブリンはゲートを使って一気にアクエリアに攻めて来る手筈でした。水を飲んだベルクヴェルクの兵は、残念ながら助からないでしょう。彼等にゴブリンは直接手を出してはいない、自ら飲んだ水に関しては彼等が装備している魔法の鎧も、その効果は発揮出来ないのですから」
《ゴブリンは、運営が兵士に配った魔法の鎧の能力まで知っているのか……あの鎧はそれぞれの登録者にのみ有効な、強制帰還の上書き能力を備えている。ゴブリンに生け捕りにされた場合、生きていても死亡判定を強制的に行い、死んだものとしてログオフ状態に持って行ける、分かりやすく言えば自動自殺システムだ。今回我々運営は隊員全員にこれを装備として配布した》
《知ってるよ。敵に捕縛された場合や、傷を受けてギリギリ生きている状態をキャンセル出来るって鎧だろ。だけど自分で水を飲んで、それに毒が入っていたとしても誰からやられたのかハッキリ分からない。そんな場合は自動自殺システムは発動しないって事だよな》
《じゃあ水を飲んだら……》
「フレデリック、解毒剤とかはあるの?」
「すいませんラヴィさん。私もそこまでは知らないです。ただ計画では、ベルクヴェルクに軍隊を呼び込んで毒で殆どを殺す。更に、鉱山の奥にもう一つ罠を仕掛けて……」
もう時間の猶予は無いようだ。俺はリサの糸でフレデリックの外見を人に変えた、ついでに自分の姿もな。もっとゆっくり楽しくこの作業はやりたかったんだけどね。
俺達、いや今は私達は、急いでスワンの元へと優雅に走って行った。