89 あくまで無敵
転がったゴブリンの呪いの玉は、緩やかに盛り上がった神殿の床を転がり泉の縁の前で勢いを失って、戻って来た……
── 自ら生み出した魔炎に包まれたゴブリンは死んだのか?
それを確認する為に燃えているゴブリンに近づくラヴィ。うつ伏せの状態で真っ赤な炎の中にゴブリンは倒れていた。
使い魔のゲンが、ラヴィから離れて泉の前でラヴィを呼んだ。何かを脚で押さえつけている。それは黒いガラスのような丸い玉だった。近づいて見てみると、ラヴィにはそれが禍々しい物であるのが触る前から感じられた。
「ありがとう、ゲン」
「キューン」
「触っても大丈夫かい?」
「キューン」
ゲンの返事を聞いて、ラヴィは玉を拾い上げた。手のひらの中に納まるピンポン玉ぐらいの大きさで、落とせば割れてしまいそうだった。取り敢えず収納袋に玉を入れて、ラヴィはスワンに連絡を入れた。
《スワン、こちらラヴィ。ゴブリンは死んだよ。今、アクエリア神殿の泉の前に居るんだ。こいつの目的地はここだったみたい。何かを泉に入れようとしてた。黒い玉だ、変な雰囲気がする玉だよ》
《おおっ、ラヴィちゃんか! ゴブリンを倒したか、良かった。しかし街が酷い事になっている。馬鹿でかいモンスターが暴れまわってるんだ》
《リュークの討伐隊は? と言うか、リュークは無敵モードだよね。何とかならんの?》
ラヴィが当てにしていたのは、無敵モードのGMリューク。死ぬ事の無いリュークがトロールに対処すれば良いと考えていたのだ。
《すまんっ、無敵モードは確かに死なない。ただ死なないがそれだけだった。跳ね飛ばされて近づけない、壁にめり込んだりしてもダメージはない代わりに、壊れない武器の代わりに振り回される始末だ……》
《リュークと連絡は取れる?》
《もう悲鳴すらしなくなった……多分気絶してる》
(悲惨……)
《無敵イコール最強とはならない訳ね。GMの無敵ってどういう設定なの?》
《他者から攻撃を受けてもダメージを受けない。切れない、壊れない、刺さらない。人間の生命活動の定義から外れているので、息が出来なくても関係無い。溶岩の中でも死なない》
《攻撃面ではどうなの?》
《ごめんラヴィちゃん、アンタレスでは最強の振り分けがあるんだ。剣の最強、魔法の最強……色々だけど、固有のキャラに割り当てられている。そのキャラをGMが最初から使用していれば、攻撃も問題無かっただろうけど。今のドワーフの王子 "スティング" 。彼がそういった固有のキャラの中の1人だ。今はGMハルトが使っている》
《ハルトはやっぱ強いのか? 強いんなら出て来てくれよ》
ラヴィがアクエリア神殿から階段で立ち止まって、北のメインロードの方角を凝視する。スクリーショットを撮るモードで、画面の拡大機能を使ってトロールを探してみる。
《ここからじゃトロールが見えない。どこに居るんだ?》
《ラヴィちゃん、ハルトは今ベルクヴェルクに行ってしまっていてこちらに残っていないんだ。色々上手くいって無い。討伐隊の主力部隊は、ほとんどベルクヴェルクに移動してしまっているし》
《じゃあ俺、行ってみるよ、北の方だな。街に植物がたくさんあれば何とか出来るかも……》
ラヴィが階段を駆け下りて行く。その背後を黄色い体のゲンも付いて行っている。
《部隊に配布した武器では、まるで歯が立たなかった。ハルトの持つユニーク武器 "プライネ" なら、トロールごとき一瞬で倒してしまうんだろうが……他のGMが、データベースを探している。何か使えそうな武器を見つけたら用意するから……》
(遅いよっ。意味わかんね、あーもうとにかくこの世界、俺の住む世界を守らないと、色々な意味でやばい)
北のメインロードに入ると、遠くの方から破壊音が聞こえた。
(北東?城がある方向じゃん……急がないとっ)
「キューン」
ゲンが鳴き声を残して走り去った。
「キューン」
「えっ、ゲン。帰って来たの?」
「キューン」
ゲンが今度は俺の前を走り出す。
「オッケー。頼むぜゲン」
恐らく一瞬でトロールの場所まで行って帰って来ているゲン。凄まじい速さ……急げっ。トロールは城に近い。