85 ゴブリンのルチ
最初に異変に気づいたのはゴブリンのルチ。ルチの様子を監視していたラヴィも、ルチが動きを見せた事で気がついた。
噴水公園の周りにいるプレイヤー達には、仲間と会うのに、ここを集合場所にしている者が多い。そしてここに来る途中に、" 時雨 " という、見たことの無い剣を装備した兵隊達が、真面目に部隊演習を街の中で行っているのを、横目で見ながらここまでやって来た人も数多く居たのだ。
話し声が聞こえる。ルチにも、ルチの正面に居るラヴィにも。
「ゲリラ戦の演習だって」
「さっき角を曲がったらまた居たし、凄え真面目にやってたよ。でもあれで給料貰えるんだって」
「ふ〜ん、俺、時間が無いからなぁ。真面目にクエストやってコツコツ貯めるよ」
ローブの下から黄色い目が見えた。通り過ぎた2人のプレイヤーの後ろにさりげなくついて行ったルチ。
噴水広場で話す人々の会話の端々に、兵隊が集まって来ているような話題が出て来て、そちらに気を取られていたラヴィが " はっ " っと気がつくと、目の前からルチの姿が消えていた。
さっき通り過ぎた2人のプレイヤーの後ろの影に紛れて噴水広場に向かうルチをすぐに見つけることは出来たが、目の前に居ても分からなくなる程の隠密能力を見せつけられて、ラヴィはなんとも言えない不安に囚われる。
(やべぇ、俺の能力が低いとは思えない……つーか、ゴブリンの能力が半端なく高いって事を知らなかった。いや、こいつだけなのか? 街に潜入する役目を受けるぐらいだから、ゴブリンの中でも特別なクラスかもしれない)
ラヴィの不安は的中していた。それは取り囲む状況においても、彼自身においてもだ。兵隊が迫っている事に気づいたルチが、路地から離れると嫌な臭いが薄くなった事に気がついた。そして、今まで感じなかった視線が路地の方から自分に向けられているのに気づく。
気持ち悪い臭いに絡みつく視線。歩きながら、最大限の感覚を背後に向ける……
(動いた……俺を見ていた何かが足音を忍ばせて俺について来ている)
ルチは振り返ることはしない。あとほんの少し歩けば人混みで溢れる噴水広場の中心部だ。街灯の明かりが太陽の代わりの今なら、影が多い。影に紛れて俺をつける奴を暴いてやる。馬鹿な奴だ、姿は見えないけれど、プンプン嫌な臭いをさせているんだからな……
ルチの後ろに歩く人の姿が重なった。次の瞬間、ローブを被ったルチの姿が消えていた。
(やべっ、見失った! 全然分からなかった。不味い、多分俺の事がバレてる)
《スワンっ、緊急事態だ。ゴブリンが噴水広場の人混みに紛れて姿を消した》
《何か起きたのか? ラヴィちゃん》
《俺の事がバレたっぽい、敵ながら見事過ぎるよ。スワンの言った通り、暗くなったら動き始めた。どこに居るのか分からない、ローブを被った背の低い奴としか言えないし》
《わかった、リュークには連絡を入れる。ラヴィちゃんは引き続き、ゴブリンを探してくれ。気をつけてなっ》
《了解。しかし、広場の人達が邪魔だよ……はっきり言って全然わからない。街の人の会話でリューク達の部隊の事も多分バレてる》
スワンに連絡を入れると、ラヴィは遠巻きに噴水広場を見回した。人混みの中に入り込めば、周りから見えないラヴィにぶつかる人が続出するだろうから。
小さな体と素早い動きで、人々の影の間をすり抜けていくルチ。臭う奴は巻けたみたいだが、この場所に兵隊が向かって来ているのは間違いない。周りの馬鹿ドモがベラベラ喋るもんだから、奴らの行動が筒抜けだった。
(もうやるしか無い。幸い噴水から延びる階段も、間接照明で照らされているだけで影が多い。やるなら今しか無い)
ゴブリンのルチは噴水を取り囲む池に架かる橋を渡って行った。
その途端に、けたたましい叫び声がラヴィの頭の中に響いて来たのだった。