83 ザル、だよな。
この街に溢れる緑、それがラヴィアンローズの武器であり盾であり、部隊である。もう1つの世界、彼が生まれた世界ならもっと強く広く植物達から話を聞けたであろう。しかし、まだ自分の力の感覚が掴めていないラヴィアンローズは、手当たり次第に植物に声を掛けて行った。
"ゴブリンが身を潜めるならどこだ?"
北の方にはベルクヴェルク討伐本部があって、多くの部隊が居る。北門周辺は無いと言う事に決めて、ラヴィは東、西、南のどこかだと当たりをつけて動かなければならなかった。
焦りがあった。スワンに連絡を入れたら、ゴブリンは夜行性で夜になったら動き出すと言われたからだ。討伐本部も、今夜ゴブリンがベルクヴェルクに現れるのではないかと部隊を展開させているところだと言う。
ラヴィの報告を聞いて、スワンは今更ながらアクエリアの入り口全てに警備兵を派遣した。更に東西南北にある主要な門以外の吊り橋は全て上げさせて、そこから出入り出来ないようにした。
水に浮くアクエリアの街。本来ならば街自体が水の上をゆっくり回転している筈なのだが、南門の近くの城壁に巨大な岩石がめり込んでいるのでその動きは止まったままなのである。その為に、通称南門や、北門と、呼ばれる門も実際は正確に方位を指しているわけではなく、少し時計回りに軸が動いた場所にあった。
ラヴィが西に行きかけて、ふと何かを思い出して噴水広場の池に戻って来た。
⁂水仙さん、ちょっと教えて⁂
(なあに?ローズ)
(水仙さんは誰から聞いたの?通りの木達に聞いても知らないって言われたの。なのにあなたはどうして知っているの?)
(水を伝って聞こえてきたの。水の中に嫌な臭い、悪意を含んだ危険な臭いが居た。水草が遠くから伝えてきたわ。どんどんこの街に近づいて来ていた、そして街の近くで水から出て行ったって)
(そうなんだ、どうもありがとう)
最初に聞けばよかったと、ラヴィは自分の迂闊さに歯噛みしながらマップを視界の端に表示させた。
アクエリアは水の都、街から流れ出る水は魔法の力で循環しているみたいだが、街の周辺も小川がいく筋も流れていて、その小川が街が浮かぶ巨大な水溜り、というかお椀のような湖と繋がっているところもあった。
北から流れてくる小川が街に1番近づくのは、南西の方角だ。たしかにその小川の流れにアクエリアの浮かぶ湖から水路のようなものが延びていた。
南西……南門と西門の間にいくつもある吊り橋。どこからでも侵入出来た。
外敵というものを設定していなかったアクエリアの警備はザルのような物。
いつ入ってきたのか?
そんなに時間は経っていないはずだ。侵入したのがゴブリンならば、何故ベルクヴェルクから遠く離れたアクエリアに、もう辿り着いているのか?という疑問も浮かんで来るが、ラヴィが今聴いているGM専用のチャットの会話の中で、何処かのゲートが使われた可能性があるという話に、ラヴィも同意していた。
ラヴィもトボトの街との往復にゲートを利用した身だ。ゲートが悪用されない為に、トボトのゲートを片道通行に設定して、ラヴィがトボトからアクエリアに帰る時だけゲートの向きを変えてもらっている。ラヴィが街に帰って来てスワンに連絡を入れた時点で、スワンはゲートの向きをアクエリアからトボトへの向きに直していた。
GMさん達は、それをやっていなかったらしい。
もしも俺がゴブリン側だったら……可能性は無限大。
笑っちゃいけないが、笑ってしまうラヴィであった。