80 部隊の展開、狙われるアクエリア
身を隠していればあいつらは気がつかない。遠目に見える馬に乗った奴らがアクエリアの郊外の森の聖堂に向かって行っている。
俺達ゴブリンになくて、あいつらにあるもの。遠くに移動する不思議な場所。ある時は森の巨木、ある時は平原の巨岩、そしてこの近くの聖堂……ベルクヴェルクの噴水の側にも奴らはいきなり現れた。
どうやってこの不思議な移動場所を作るのかはあいつらだけが知っている。作り方はわからない、だが使い方なら知っている。
ならば俺達も使ってやろうじゃないか……
アクエリアの森の聖堂の側に流れる小川の下流の水草の中に身を潜め、ヨシロウが率いる騎馬部隊が聖堂の中に消えていくのを見ながら、一匹のゴブリンが水の中を泳いで行った。
水の中、物音すらしない。匂いも出さない、そしてこの小川はいずれアクエリアの近くに辿り着く。そう記されてあった。
水の都アクエリア、目的は皆殺し。
手段は腰に括り付けた防水の皮袋の中に入れてある。
暗くなるまで水の中に身を隠す。
1人のゴブリンがアクエリアに近づいて行く。
ゴブリン同士では1匹などと自分達の事を数えたりしない。匹でゴブリンを数えるのは、あくまで人間側が俺達を蔑視した表現だ。ただし俺達もあいつらの事を匹で数えているがな……何匹死ぬか楽しみだ。
△▽ △▽ △▽
ベルクヴェルクの南側のゲートD、マップの上では森ではなくなだらかな丘陵地帯、あまり背の高い樹木も無くて身を隠す場所も少ない。
ポールとピクシーが姿を現したのは、地面からボッコリ顔を出した大岩のそば。以前偵察に来たロイがもちょうどそこに現れた。
昼下がりの晴れの日、丈の短い草原に吹く風は強くなく弱くもない。見晴らしの良いこの場所からは、右手に見えるベルクヴェルクと、そこから丘の真下に続いている街道がよく見えて、絶好の監視場所と言えた。
「やっぱりゴブリンは居ないな。あいつら昼間は完全にオフだぜ」
「そうかはわかりませんけど、本当に居ませんね。これなら大丈夫です。ところで、ここに来るのは騎馬部隊って言ってましたよね。ちょっと離れます?」
ピクシーが大岩から離れながら言った。
「確かにっ、いきなり馬にはねられる事故が起きるとこだった」
「どの位の規模なんでしょうね。あっ、僕達の馬も連れて来てもらいましょう」
「そうだな、連絡するわ」
《お疲れさまですっ。こちらポールです、ゲートDは異常無し。ヨシロウさん、オッケーですよ。あと、聖堂の外に繋いである俺達の馬も連れて来てください》
《お疲れさまっす。了解しました、もうすぐ聖堂に着くから待ってて下さい。なんかあったらすぐ連絡お願いしますっ》
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馬の脚で約10分、ゲートDからベルクヴェルクの正門を通って、アクエリアから初めてのベルクヴェルク討伐隊が到着した。
広い街道が街の中を横切っている。騎馬部隊は2列に並び進軍して行く。馬の数は52頭、ピクシーとポールの2頭が加わっている。
団員には聞こえないが、ピクシーとポール、ヨシロウは会話をしている。馬を留めるのに中央広場を勧められたヨシロウ。
「正門を閉じて、城壁の上から監視する。正門担当班
は作業を開始してくれ」
ヨシロウの指示で、20人の部隊員が正門に残った。
《そんな準備をしてきたの?》
《もちろん、暇したたわけじゃないぜぇ。門を固めたらアクエリアから、ソフィーの弓部隊にも来てもらう。ソフィーの部隊は強いぞぉ……弓と魔法の波状攻撃。魔法も属性がバラバラだから、対処に手こずる。それにだ、[日向]っていう弓だけど、矢が無限という恐ろしい武器だった。まぁ、そういう事で俺も後から行くから、坑道の入り口で待っていてくれ》
会話を切り替えてヨシロウが部隊に指示を出す。
「北門担当班、全速で移動。現地到着後、速やかに門を閉じ部隊の展開と、周辺の探索を始めろっ」
「凄いねっ、ヨシロウって隊長に向いてるよね」
ピクシーがヨシロウの姿を見て言った。
「俺とは大違いだよ……」
「僕も」
部隊を失ったピクシーとポール。全滅した旧部隊員が配置替えを希望したと知った時に、自分の実力の無さを痛感していたのであった。その事を思い出して、2人はため息をついた。