75 ゴブリンはまだ居ない
ベルクヴェルクの森から下り坂の草原を駆け下りて、ピクシーとポールがベルクヴェルクの正門に近づいて行った。危惧された、ゴブリンからの攻撃や待ち伏せも無かった。
2人ともエルフである。足の速さは人間の1.5倍以上、体の小さなゴブリンよりもかなり早い。もしもゴブリンから追いかけられても、それだけなら逃げ切る事が出来る。
彼らの目指す先、街道の門の手前の両側に、石から削り出したドワーフの戦士が立っていた。1体は巨大なバトルアックスを振りかぶり、もう1体はやはり巨大なハンマーを今にも打ち落とさんとしている。
この街を侵す敵を威圧するには申し分の無い迫力の石像の足元に、2人は体を寄せた。
息を潜める。2人して気配を殺し、周りの雰囲気を伺う。鳥のさえずり、虫の鳴き声、風になびく草の音。ごくごく自然である。
「やっぱり昼間には出て来ていないみたいだな」
隣で街とは反対側の街道を警戒しているピクシーに、ポールは同意を求めた。
「門が開きっぱなし……普通なら罠と考えますよ。細いワイヤーを張り巡らせているとか、落とし穴があるとか」
ピクシーはポールの部隊がやられたというゴブリンの罠の話を思い出して言った。自分の部隊は網で一網打尽に吊り上げられて、槍でメッタ突きにされたわけだが。
「確かに、ワイヤーには気をつけよう。引っかかって警報が鳴ったりするのは避けたいからな。物理攻撃は当たらないけど、トラップは避けようがかいからな」
無敵モードのGMの2人。実際、ゴブリンと出会っても、ゴブリンから傷つけられる事は無いし、直接触れられる事も無い。落とし穴などの罠で死ぬ事も無いが、その時間軸に捉われた場合は強制的にログインし直しという事になる。ゴブリンからしてみれば、殺す事の出来ない邪魔でしょうがない存在だ。
ドワーフの石像の台座から、何度も街の中にゴブリンが居ないのを確認して、ポールとピクシーはゆっくり慎重に正門に近づいて行った。
「ここまで何も無いと、もしかしたらゴブリン達が居ないのでは?っと思えて来るなぁ」
門の正面に立つ。両開きの石の扉、大きい。アクエリアの4つある正門と、いくつもある小さな吊り橋は全て跳ね上げ式の橋桁を採用しているのとは違っている。重厚でその表面に無骨でありながら繊細な装飾が施されたドワーフの仕事は、完璧としか言いようがなかった。
「道路も石畳、建物も石積み、とにかく切り出した石の扱いが凄いな」
「そうですね、そもそも左に見える鉱山から切り出される岩を利用してるんですよ。鉱山の入り口の方へ行けば、岩山自体に手を加えた住居が増えて行きますよ」
ピクシーは初期設定状態のベルクヴェルクの街の設計図を視界の端に開いている。ただし、この世界に設置した後に手が加えられてしまえば、同じとは限らないが。
「このまま真っ直ぐ行くか?それとも右手の外壁に沿って行ってみるか?左手の市街は広いぞ、まずはこの街道の右手を潰してみようと思うが」
ベルクヴェルク鉱山都市、その名の通りベルクヴェルク山の中腹に開いた鉱山の入り口から、山裾に向かって扇状に広がって形成された都市である。街道は南から真っ直ぐ登り道が続いた後に、ベルクヴェルク記念公園に繋がり、そこから北東へ進路を変えて800m程で北門と繋がっている。
外壁は外に半円状に膨らんで作られていて、その内側は平地が広がっていた。
「まてよっ、ゴブリンが昼間隠れるとしたら、やっぱり鉱山の中かな?そもそもゴブリンって洞窟とかが住処だろっ、鉱山の中に居る……だとしたらこの辺りにゴブリンが居ない理由も説明がつく」
「そうですねポール、僕もそう思います。それに昼間の時間が短いから、あの煙の方を先に調べませんか?まだモクモクと出てますが、何かの合図のような気がするんです」