59 トールハンマー
ベルクヴェルク討伐隊の先陣を切って、エルフだけの偵察隊が3部隊作られた。各15名からなる部隊には、隊長として、GMのエリック、ポール、ピクシーが参加している。
昨夜の事だった。アクエリア郊外の出発ゲートである森の聖堂からベルクヴェルク近郊の森に設置したゲート、A、B、Cにそれぞれ分かれて転移したのだが、結果としてほぼ全滅してしまったのである。
GMスワンが設定していたGMの無敵モードが効果を現した為に、部隊長である3人のGMは生き残っている。あと2人の隊員が生き残っているが、そちらは完全に実力で生き延びていた……
「つまり隊長達には、ダメージそのものを与える事が出来ないという事だなんですね。まっ、それが普通なんですけどね」
合流した5人、GMのエリック、ポール、ピクシーと、エリック隊に居たロイ・クラウンと、TAKA、2人はアクエリアのギルド "夜の豹" 所属の本物の戦闘員であった。
「βテストがオープンしたての頃に、確かエメラルドサーバーのGMさんが、ユーザーに殺されてましたしね。話を聞いてちょっと首を傾げたもんです」
ロイが思い出して言った。
今5人が居る場所は、森の北側、出口側のゲートAの近くであった。話によるとポールの部隊は、森の中でゴブリン達の待ち伏せにあって、トラップに掛かり全滅したそうだ。
ピクシーの部隊は南側に回り込もうと移動中に落とし穴と吊り上げ網に捕らわれて、動けない所を槍でメッタ刺しにされて全員死亡していた。
どちらの隊長も、ダメージを受けない上に敵味方から触れる事も出来ない仕様なので、その場を切り抜けて信号弾の方向へ移動して来たと言う。更に言うと、隊長達の運動能力と戦闘能力はMAX近くにまで引き上げられていて、その辺りに居たゴブリンは軽く皆殺しにして来たそうだ。
「あのさ、俺達って必要なの? だって隊長達って無敵でしょ? わざわざ素人を連れて来たりしたら足手まといじゃん」
エリック隊で、エリック以外に生き延びたTAKAが部隊長達に向かって言った。
「いやTAKA、この際君達には話しておくが、敗北も必要なんだ。もちろん勝利した事に対する高揚感も必要なんだが、簡単に勝ててしまっては、ユーザーからつまらないと飽きられてしまう。まあ、それ以前にAIを搭載したゴブリン達がどんな様子なのか偵察をしたかったし、簡単に偵察出来るつもりでもあったんだ」
そう話す隊長エリック。3つの偵察隊の中で、唯一ベルクヴェルクの城壁まで辿り着いたのがエリック隊であった。
「しかし、よく生き延びたな、ロイもTAKAも。君達はギルド夜の豹のメンバーだったよな」
ピクシーがTAKAと、少し離れて木の幹に耳を当てて目を閉じているロイに向かって言った。
「何か聞こえたか? ロイ。しかしエリック、お前達はベルクヴェルクの城壁まで行ったんだろ、何があったんだ?」
「トールハンマーだ。ドワーフの持つレアアイテムの1つ、地龍退治のハンマー。そいつがゴブリンの手に渡っていた……俺達はベルクヴェルクの城壁の上から攻撃を受けた。最初は森から弓で追われて退路を断たれて、気がつくと城壁の下に追い込まれてしまって。そしたら、いきなり体が痺れて頭の上から巨大なハンマーが振り下ろされてきたんだ」
エリックは他の隊員と共に、想像を絶する巨大なハンマーの下敷きになる場所に居た。
(何か降って来る)
そう思ったエリックは、降り注ぐ弓矢を無視して飛び退いた。当然だがエリックの体に弓矢は刺さる事無く、無効化されて行った。
離れた場所に飛び退いたエリックに、轟音と振動が伝わって来た。振り向くと地面をえぐるように城壁に向かって振り下ろされた銀色のハンマーが、城壁すら破壊していた。
城壁とハンマーの間に挟まれた隊員達……悲鳴すら聞こえなかった。
唇を噛むと、エリックは全速で森の中へと撤退して行った。