57 胸を突き抜いた槍
「退けっ、罠だっ」
茂みに顔を突っ込んだ隊員が、剣を胸に突き立てられて悲鳴を立てる事なく崩れ落ちた。飛び退いたポールの前に立つ3人に向かって茂みの中から、一斉に槍が伸びて来た。
避けることも出来ずに串刺しになった3人の隊員の体には、何本もの槍が突き刺さったままで、ガタガタと痙攣をしながら絶命していく。
彼らにとって、この死の記憶はトラウマになるかもしれない。
飛び退いたポールの左右の地面が盛り上がろうとしている。一瞬で見抜いたポールが飛び上がり、反転して頭上の木の枝を踏み台に後方へと飛び退いた。
次の瞬間、ポールが立っていた場所の地面から獣捕縛用の網が空中に持ち上がった。獲物を取り損ねた空の網が、木の下で跳ねている。
(周りはどうなっている?)
飛び退く空中で、左右に展開させた隊員を確認する。
右手の2人は今回配布された魔法武器、隠密用の短剣を両手に飛んでくる弓矢を切り落としていた。反対側の2人は闇雲に短剣を振り回して、見えない敵と戦っている。
前方からワラワラとゴブリンが湧き出して来た。
遂に姿を見せたゴブリン達。胸を刺して殺したはずのエルフが、槍で串刺しにしたエルフ達が、揃って消えてしまった。獲物が消えてしまって狼狽えたゴブリン達は、今正面で逃げようとしているポールが何かをしたと思っているようだ。
「退けー、退くんだー」
ポールが叫んだ。その声を聞いて左右に展開していた隊員達が、ポールと同じように木の幹を蹴りながら空中の移動を試みる。今も地面から仕掛けられた網が吊り上げられたばかりだ。地面にどんな仕掛けがあるかもわからない。
(ワイヤートラップ)
左右の隊員が、木と木の間をすり抜けようとした時に、体が2つに分かれるのを見たポールが地面に降り立った。
この周りの空中には、木と木の幹にワイヤーが張り巡らされているようだ。後方を索敵していた残りの4人の隊員のうち1人がポールの側に駆け寄って来た。
「逃げろっ」
そう言うと、ポールは向かって来るゴブリンに突っ込んで行く。
スワンがGMの能力値を無敵モードに変えていたお陰で、ポールは流れるように剣を振るい、速さに優雅さを備えたエルフの剣舞を見せてゴブリンを切り刻んで行った。
逃げろと言われた隊員もその姿を見て、付いて行こうとしたが、数歩進んだ時にゴブリンの背後から槍が真っ直ぐ飛んで来た。気がついたのは目の前に迫る違った何かが見えた時。
ポールに殺されたゴブリンごと、突き抜いて行く弾道の槍をポールは難なく躱して、槍を放って来た茂みの向こうに、ゴブリンを倒すべく飛び込んで行った。
「グサッ」
胸の中央に太い木の柄が突き刺さっている。胸に痛みを感じるような気がした。これがゲームの中の自分の最期なんだ……そう思いながら視界が暗くなって行く1人の隊員、彼の名はオーベルグ。
彼が死の間際に見たのは、空に打ち上がる光の玉であった。
「君の覚えている記憶はそこまでか?」
スワンが、胸に穴が開いた服を触っているオーベルグに言った。
「はいっ、最後は目の前が暗くなって自動的に再度ログインするようになってましたし」
「他にやられた隊員達もこちらに帰って来てはいないのか?」
「いや、僕は街で馬を借りれて先に来たんでちょっとわかりません」
「そうか……大変だったな、お疲れ様です。今夜はゆっくり休んでください」
「あの、ポール隊長は?」
「うん、ポールはまだ帰って来ていないんだ。君の話を聞くとベルクヴェルクの森に残っていると思われる、他の部隊も壊滅したんだよ……ポインタがこの街に無いのは3人の隊長と、エリック部隊の2人の隊員なんだ。救出作戦は別の部隊が行うから、オーベルグは他の隊員のケアをしてくれないか?あっ、時間が許せばだが」
スワンからそう言われて、仲間の隊員達の体が2つに分かれる所を思い出したオーベルグは、
「やってみます」
とだけ言って、討伐本部から街に戻って行った。帰りに今日の報酬だけは忘れずに貰って帰るオーベルグが向かうのは、アクエリアの噴水広場周辺にあるカフェ。さっき飲んだコーヒーの味が忘れられなくて、もう一度味わいたいと無性に思えて来たからだった。