56 ゴブリンの罠
「あの声が聞こえたか?」
ポールが集まった隊員達に小声で確認した。
「はいっ、助けを求めています。声の大きさからここから300m以内でしょう」
部隊長ポールも耳の良いエルフである、距離に関しては同じ意見だった。
「帰還するまでの時間が少ない。作戦を変更する、傷ついたドワーフ……おそらくベルクヴェルクの街から逃げ延びたドワーフだと思うんだが、彼を救出して帰還する。物音を立てない様に移動してくれ、救出の際にはドワーフが大声を出さぬ様に、気をつけろっ」
やった事の無い行動を、隊員達に指示する。訓練すらした事のない寄せ集めの部隊に、何の指示が出せるのか? 別のゲームのFPSで腕を鳴らしたポールも、モニターの前に座ってやるオンラインゲームと違って、バーチャルに目の前に居る隊員とのコミュニケーションが、無線が無い……そう、アナログであることが絶望的にリアルで使えない事に歯痒い思いをしていた。
(普通なら、部隊チャットとかパーティーチャットが出来るはずだろっ。さっさと変えないとこんなのやってられねぇよ)
街の中とその周辺でしか使えないグループチャット。アンタレスの世界では、そういう設定が採用されている。さらに言うと、街の中でもチャットが届く範囲は広くなく、4分の1ブロックの範囲でしかチャットは出来ない。
(まあ、しょうがないか。設定が中世の剣と魔法のファンタジーだし無線なんか無いしな……あっ、そっか、有料アイテムで売ればいいんじゃん。うんうん、この不便利さを解消する為の便利な小道具……魔法具かな。今度のGM会議で言おう)
縦に並んで森の中にある獣道を進むポールの部隊。聞こえてくる声に近づくにつれ、踏み固められた獣道は歩きやすく少し幅も広がってきていた。
進むスピードも上がってくる、障害物の少ない道になったおかげで、エルフ達の進むスピードは速くなってきた。あっという間に声がする近くまで到達した。
「止まれ」
先頭を進むポールが手を挙げて止まった。
「うぅっ、ぅぅぅぅ、怖いよぉ、うぅ」
10m程先の芝みの中から声がする。きっとあの中に隠れて傷ついたドワーフが助けを求めている。
ポールは右手の指を3本立てて、右側前方を指した。3人の隊員が右回りに木立ちの中を回り込んで行く。続いて左側にもポールは3人行くように指示を出した。
ポールを含めて残り9人のうち、4人に真っ直ぐ進むように指示を出し左右の後方に2人ずつ哨戒に立たせる。指示を出し終えるとボールはまっすぐ進む4人の後ろに続いて行った。
茂みの前で気配を消したポール達5人、茂みの中からドワーフの荒い息を吐く音が聞こえる。
「助けに来た。心配ない、声を出すなっ、我々はアクエリアから来た捜索隊だ。もう大丈夫だ、そこに入るが静かにしていてくれ、ゴブリンが近くに居たら気がつかれる恐れがあるんだ」
ドワーフを驚かせないように、ポールは落ち着いた小さな声で言った。
「助かった、ほんとにほんとに、助かった、助かった」
ポールの声を聞いたドワーフが、茂みの中でかすれた声で喜びの声をあげる。
その声を聞いて安心した隊員が、声のする茂みを掻き分けて、頭を入れた時だった。
ザクッ
「ぐえっ」
瞬時に飛び退くポール。しかし、危険と判断出来なかった隊員達はその場に残ったままだった。
「退けっ、罠だっ」