54 狩る者、狩られる者
聖堂からアクエリアへ向かった早馬は、途中アクエリアから向かって来る早馬と出会い、捜索隊のメンバーの殆どが死亡による強制帰還をしている事を伝えられる。
全員帰還しているわけでは無かった。
今回は殺されるか、捕まるか、そのどちらでも強制的に帰還させられるアイテムを装備している。つまり今帰って来ていない隊員は、ベルクヴェルクの森に潜み生きながらえているという事なのである。
2人の隊員と3人の部隊長、計5名が未だ帰還せず。
それがベルクヴェルク討伐本部に知らされたのは、偵察隊の3部隊が聖堂からゲートA、B、Cに転移して30分程後の夜中であった。
死んで強制帰還した先は、アクエリアの街の噴水広場である。次々と現れるエルフ達は皆一様に血に汚れ、破れた服を着ており、何者かに襲われたのは間違いなかった。
噴水広場にへたり込む者、我を忘れて叫び声をあげる者、エルフ達の周りには異様な雰囲気が漂い、どうやら彼らはベルクヴェルク討伐隊の隊員であると、街の人々にも理解出来た。
1度死ねばリスポーンという形で無傷の身体に戻る事が出来たエルフ達。
「大丈夫?」
という誰かの問いかけに、首を横に振って虚ろに返事をする姿は、彼らがゴブリンに敗走した事を物語るに相応しいものだった。
比較的正気を保っていた偵察隊の隊員が、大急ぎでアクエリアの北側にある討伐本部に馬に乗って現れた。馬は街にいつの間にか出来ていた、乗り物屋で借りる事が出来たらしい。
「ゴブリンに嵌められた。俺達は皆殺しされたんだ、あの時死んでいなかったのはポール隊長だけだった。俺達に逃げろって言った後、周りのゴブリンを倒して行ったのが見えたんだ、俺も付いて行こうとしたけど前から飛んできた槍みたいなのに串刺しにされてしまって……隊長は凄かった、俺達とは動きの速さが全然違っていて、周りのゴブリンを切り倒した後に空に上がった光の玉を見てそっちの方に消えてった」
「君はポールの部隊に居たんだな、名前は?」
スワンが他のGMを代表して話をする。
「オーベルグ、サファイアサーバーから来たオーベルグです」
「オーベルグ、もっと詳しく話してくれないか? 部隊がどうなったのか、ゴブリンにどのように嵌められたのか、もっと具体的に」
オーベルグが渡されたホットコーヒーを熱いのも構わずに一気に飲み干した。
「ははっ、ゲームなのにコーヒーの味がするなんて……こんなに美味かったのか」
感慨深げに呟いたあと、オーベルグは話し出した。
「俺達ポール隊は、エリック隊がゲートAに飛んだ後に、聖堂からゲートBに飛んだんだ……」
ゲートBはベルクヴェルクの森、ベルクヴェルクの街からは丁度東側に位置する森の中の、倒れた巨木であった。15人の偵察隊は巨木の前に身を潜めながら隊長の指示を待つ。
「皆地図を見てくれ」
小さな声でポールが言った。隊員が地図をそれぞれの視界に開いた様子を確認するとポールが作戦を話し始めた。
「地図を見るとここから西に約10kmの所にベルクヴェルクの街がある。そちらに向かって物音を立てないように静かに移動してくれ、2人1組で左右に散開しろっ。ゴブリンの気配があれば手を挙げるんだ。それを見た隣側を進む2人は即座に手を挙げる。そうやって全員に伝えて行く。ゴブリンの気配を感じたらその場で待機、気配を殺し動かぬようにする事、以上」
ポールの指示で、2人組になって横に広がった隊列が進み始めた。本来エルフは森の住民、静かに森を進む事など無理難題でも何でもない・・はずであった。しかし、中身が人間、しかもモーションのスキルの値が初期値の者ばかりの集まりがガサゴソ音を立てて森の中を進んで行く。
一気に森に鳴り響いていた虫の声が消えた。
異変に気付いたのは森とベルクヴェルクの間をウロついていたゴブリン達だった。
「グルッ、おかしいぞ。デカイ食い物は大体狩り尽くしたはずだぜ。まだ何か残ってたのか?」
「音がしねぇな、何か居るぜ。狩りだっ、今度は美味い肉が食いてえなぁっ。おうっおめーらいぐぞぉ! 狩りだっ」
声を掛けたゴブリンに続きゾロゾロと森に入って行くゴブリン達。進む先には、ポール達が居る。森の中で音がしないのはポール達ではなくゴブリンの方だった。獲物を狩る、それを続けてきたゴブリン達に気配を殺し物音を立てない事など、当たり前に出来ることであった。