32 飲みます、そのお茶を。
「あの、スワンはここに居ないのかな」
「お父様のこと? ロビーは知っているのかしら」
「ロビー、お茶。一滴もこぼしちゃ駄目なの。舐めとるように最後まで飲むのよ。早くっ、お父様のお話は後でいいの」
「あのー、何か入ってる? 2人の様子がおかしいんだけど。リサは痺れるとか、倒れるとか、変な事を言うし……」
「私は入れてないわよ、毒とか別に」
「別にって、じゃあ何を入れたの?」
「心配?ねえ、ロビーは不安? リサは見抜いてるんだから」
(何をですか?)
「じゃあこうしましょう、リサ、あなたのカップとロビーのカップを取り替えなさい。そうすればロビーは飲んでくれるでしょう?」
薄っすら笑みを浮かべてリサがカップを取り替える。
「リサのお茶は特別よ。ねっそうでしょう、お姉様」
「そうね、たっぷりと入れたわ。それを飲んだら……私も想像がつかないわ」
「ロビー、さあ、飲みなさい。結局最初に用意したお茶を選ばなかったのはあなたなのだから、仕方ないわ。アドバイスしてあげる、そのお茶は一気に飲むの。味わっては駄目よ」
「違う、違うの。リサはペロペロ舐めるの。それが1番美味しい飲み方なの」
「リサ、お下品だからやめてって言ってるでしょう」
「あのさ、僕がお茶を飲まないって選択肢は無いのかな?」
バッと2人がロビーを見た。
「無いわ」 「無いの」
「無いんだ……」
「さっき、お給仕場で姉様と相談したの。ロビーはどっちなのか。リサはもっと入れた方がいいって言ったのに、姉様は入れない方がいいって言うから」
(リサ、むしろお前が怪しいんじゃない?)
「私は何も入れてないわ。本当よ、でも私は入れていないけど……」
「なあに? お姉様はリサをお疑いになるの? リサがお姉様がコースターを取りに行った時に、少しだけロビーのカップにお薬を入れたとでも言うの? 少しでは足りないと思ったから、もう少し入れたなんて思ってらっしゃるの?」
(はい、思います)
「分からないわ」
(ちょっと、そこは分かるだろっ)
「じゃあリサ、あなたが先にそのカップのお茶をお飲みなさい」
「えっ、それじゃあ意味がないのに」
「いいから」
ロゼッタに促されてリサがカップを口に運んだ。ひと口舐めるように飲んで、悲しげな目をリサはする。
「これはロビーが飲むべきだったのに、リサが飲んでも意味がないのに」
残念そうに首を横に振って、リサは俯いた。
「次はロビーよ。リサは飲んだのよ、友達だからといって容赦はしないわっ。さぁ、お飲みなさい。温かいうちに……冷えたらきっと」
(ああ、もう何をやってんだろう。僕はスワンに用があって、王子様との出逢いか何かが起きて、それから色々起きるはずなのに、お茶を飲む飲まない? もういいや、飲むよ、飲めばいいんだろ)
ロビーが可愛らしいカップを手に取って口に運ぶ。その様子を凝視するロゼッタ、リサは俯いたままだ。
"カキーンッ" と頭に電気が走った。そう、まさにロビーの口の中に超絶の極甘でドロドロの液体が流れ込んでくる。
「甘ーい!」
ロビーの嬉しそうな声を聞いてリサが顔を上げた。
「どうなの?美味しいの? リサの特別なお茶は、やっぱり美味しいわけなの? そうなのね、リサは分かってたの。ロビーはきっと甘いのが大好きだって」
仮面を被ったロゼッタの表情が分からない。リサとロビーを見ていたロゼッタが呟いた。
「呆れたわっ、リサが変態クラスだと思っていたらロビーまでも変態甘党だったとはね」
リサが入れたお薬というのは、ただの砂糖。ロゼッタが砂糖の取り過ぎは身体に悪いと思って、リサには砂糖を薬と偽って教えていたのである。
リサが部屋から薬を取りに行くと出て行った。
「甘いのが好きかどうかを知りたかっただけ?」
「そうよ、でもリサにはお砂糖って言葉を教えていないの。あの子に教えてしまうとどうなるかわからなくて、ちょっと心配だったから。黙っていてごめんねロビー」
(はぁ〜、疲れた)
「でさっ、スワンの事、お父上のスワンの事だけど」
「最近見ないの、出かけたままで帰って来ないわ。私達はお父様の言いつけ通り、お披露目会に顔を出しているけれど、一体何日続くのでしょうね」
「それはロゼッタとリサがパートナーとなる騎士を選ぶまででしょう?」
「そうねっ」
そう言ってロゼッタは立ち上がると、くるりと背を向けた。
「行ってくるわ、ロビーのような人がたくさん居たら選ぶのも大変だと思うけれど、烏合の衆を相手にするのは大変なの。あなたに代わって貰いたいぐらいよ」
ロゼッタが廊下でリサを呼ぶ声がする。部屋に残されたロビーは立ち上がりカップを手に窓際に立って、カップを舐めた。リサの言う通り、舐めるように飲む。
脳が覚醒するような糖分を愉しみながら王宮広場を眺めて、改めて人の多さに気がついた。あの中から、いやまだ門の外に並んでいる人々の中から誰かを選ぶ。そんな大変な事を毎日やっているロゼッタとリサを思うと、他人事に思えなくなってしまうロビーであった。