18 マタドール
地響きを立てて、霧の谷ストレイに設置されたゲートに向かって来るモンスタートレイン。もはやトレインどころの話では無くなって、モンスターの大群の大移動である。
未だにしぶとく先頭集団を走るハンマーボキッの頭の中は、ゲートからアクエリアに飛びさえすれば、追いかけて来るモンスター達から逃れられるという、自分本位な考えしか無い。
(巻き込んだ他のプレイヤーはたまたまそこに居たから。自分の走る先にあいつらが居たし、そこにモンスターも居た、だからこんなにモンスターが増えてしまっただけで、俺は悪くない)
ハンマーボキッには、そもそも他人を巻き込んだという罪悪感が存在しない。迷惑プレイヤーのレッテルは、他のプレイヤー達から既に貼られてしまったわけだが、それが笑って済ませるほど軽いものでは無くなっていた。
(俺はGMから呼ばれてんだからな)
ハンマーボキッが、後30秒程走ればゲートに辿り着く所までやって来た。その進行方向の、道のど真ん中に誰かがこちらを向いて立っている。
(誰だ? 道の真ん中に立ってカッコつけてんのは。後ろのモンスターが見えないのか? 跳ね飛ばされてグチャグチャに踏み潰されて死ぬぞ……)
△▽ △▽ △▽ △▽
スワンからゲートを守れと言われたモフモフうさぎは、ライジングサンを装備した状態、それは超速と言って良い速さで空中を駆ける事が出来る存在となっていた。そこまで高くない木立ちの上を空気を蹴り飛ばしながら、地響きのする方向に進み、直ぐにモンスターの塊を発見した。
(こいつらか……凄え大群。しかも引っ張って来てる奴がいるじゃねぇか。MTしてやがる、馬鹿が・・)
(所有者よ、我に任せよ。あれはお主の手には負えん)
使う事を認めなかったライジングサンが、いつの間にかモフモフうさぎに手を貸すようになり、今ではモフモフうさぎに身を委ねるようになっていた。しかし、ライジングサンは所有者が死ぬ事は望まない。今回のモンスタートレインはライジングサンを完全に使いこなす事の出来ないモフモフうさぎには、荷が重いと判断しての発言だった。
(お前に任せると、ここら一帯が廃墟になるんじゃないか? モンスターから逃げている冒険者も沢山いるんだぜ。あいつらを巻き込まないでやれるのか?)
(犠牲はつきものよ。つまらぬ義理立てをして、本懐を遂げぬのはただの笑い種。ましてや、お主らの命がかかっておる。大人しく見ておれ)
(分かった、確かにあの大群は無理だよ。だけど逃げている人は出来るだけ助けてくれないか)
(死ななければ良いのであろう? 任せよ所有者。さっさとやるぞ、腕が鳴るわ……)
(……その所有者って呼び方、前から思っていたんだけど、つれないなぁ)
(我の所有者、最高の呼び名ではないか。暫し借りるぞ、お主の体)
スタンッ
モンスタートレインの進行方向の前に降り立ったモフモフうさぎ。迫り来るのはタミメータを中心とした四肢を持つタイプの巨獣の群れ。それはまるで1人しか居ないマタドールに襲いかかる怒り狂った闘牛の様相であった。
「残念だが、道はここで行き止まりだ。石畳の街角、狭い路地、何処までも続く曲がり角の先に栄光のゴールが見えた時、お前は気づくのだ。果たして自分はふさわしいのかと、栄誉を手に入れるべき人間なのかと。それすら感じぬ馬鹿に続く道は無い。さあ立ち止まれ、そこに走る若人よ、振り返り試練に向き合う時が来た」
モフモフうさぎに憑依したライジングサンが、左手の剣を胸の前に真っ直ぐに立てて、声高らかに言い放った。誰か聞いていたのか? そのような事は気にせずにモフモフうさぎは左手の剣で露払いを行うと、後ろ手に回していた右手の剣も体の横に、斜に構えた。
「我が名はライジングサン、円舞曲がお望みか? それとも終わらない絶望の輪舞曲がお望みか? どちらでも良いぞ……我が名はライジングサン、踊ろうではないか、"闇夜を照らす狂乱のシンフォニー"と共に」