2 心に響く声
足元を埋め尽くした白い花びらが、風で舞い上がる。
その花びらは次々と空中で光と化して、一瞬の輝きを見せて消えて行く。
ラヴィアンローズの耳にリサの声が重なって聞こえてきている。花びらが光るたびに聞こえるリサの声。
「ありがとう」「忘れないで」「ありがとう」「ローズ」「怖くない」「ローズ」「ローズ」「ローズ」……「大好き、もう一度逢いたい」
同じ言葉の繰り返しの中で確かに聞こえた。
リサだった花びら、それももうすぐ消えてしまう。
花びらが風に流される方へ無意識に歩いて行くラヴィアンローズ。カルデラの火口だった大地は広大で、吹き付ける風は強く背中を押すかのようだった。
(生き残ってしまった……取り敢えず帰らなきゃなっ、雲か霧かどちらか分からないけど、崖が見えないし、そもそも登れる高さじゃない。さて、どうしよう)
ラヴィアンローズはコマンドのログアウトを呼び出そうとした。しかし、ログアウトのコマンドが出てこない。
(そっか、スライムに飲み込まれた時もログアウトできなかったっけ。あの時は、たしかVRヘッドギアを外して……)
「げっ!!! げげっ!!」
どうやって元の自分、現実世界の自分の身体の感覚に戻すのかが分からない。右手を動かすと思えば今の身体の右手、その他の部分も完全にこっちの世界の身体の感覚しかない。
(……まさか、ハマった?)
ハマるというのは、VRMMOの世界で元に戻って来れないということで、ゲームの世界と実体験の同調を追求するあまり、本物の人間の体に意識が戻って来ない事を意味している。海外の国ではネットカフェでVR系のオンラインゲーム中に、意識が戻って来なくて廃人となった人が続出したってニュースも、この前あったばかりだ。
(やばい、やばい、やばい)
フレンドチャットも有効でないのは、スライムの時と一緒。モフモフさん達と連絡の取りようもない。
⁂ラヴィアンローズ⁂
結構深刻な状況に焦っているラヴィアンローズに、微かな呼び声が聞こえた。
⁂ラヴィアンローズ、ラヴィアンローズ、ラヴィ・⁂
何度も繰り返してくる幼い少女のような声。
(そういえば、さっきの花びらが光る時に聞こえたリサの声も、今聞こえてる声も、耳に聞こえる声じゃない。頭の中に直接聞こえて来てる)
「どうして?」
ラヴィアンローズは呼び声のする方へ進んで行った。
1つの間違いに気づいて。
(たしか、ロゼッタの寺の所でマッテオに余計な事を言うなってモフモフさんに言ったっけ。マッテオに与える影響が、世界の変化に繋がるからみたいな事を俺自身が言った。よく考えてみたら俺達だけが特別で変わらないままだなんて、なんで決めつけていたんだろう……俺は俺のままだって決めつけてしまっていた)
ラヴィアンローズに聞こえる声、それは草花の声。リサにしか聞こえなかった緑の会話。自分がリサと同じ能力を得た事に気がついたのだった。
今、ラヴィアンローズを呼ぶのは崖下の大地に花咲く巨大な花、普段は鋭利な棘に毒を纏わし、幾重にも張り巡らされた蔦と葉がその花の存在を隠しているマンドラゴラという食虫植物だった。
ただしこの世界のマンドラゴラの花の大きさは8mあり、甘い香りを漂わし獲物を引き寄せて捉えてしまう危険な存在である。
⁂ラヴィアンローズ、早く来て。お話しようよ⁂
(いや、今そんな余裕無いっ。ガチでやべぇ事になってるし)
⁂大丈夫、ローズなら大丈夫……⁂
強烈な甘い香りがラヴィアンローズの鼻を襲った。ガクンッと目眩がして、倒れそうになったラヴィアンローズの視界にスルスルと近づいて来る太い緑の触手が見えた。
(目が回る……)
意識を失ったラヴィアンローズを絡め取った緑の触手は、カルデラ台地の奥の方へと優しく彼を連れ去って行った。