104 合わせ鏡は次元の扉
「見事だ、モフモフうさぎ」
パチパチと手を叩いて白鳥が穴から目を離した。
「取り敢えずうるさいゴミには退場してもらった。モフモフうさぎ、もう少し付き合って欲しいが良いか?」
「構わねぇよ。こっちも色々話があるし」
「では場所を変えようか。ここは陰気過ぎる部屋だ、どこか座って話せる場所に行こう」
そう言うと、白鳥は部屋の左右の鏡の壁、その右側の壁に向かって行った。部屋の中で丁度合わせ鏡になる様に設置されている壁の床から天井までの大きな鏡の前に白鳥は立つと、
「付いて来て、モフモフうさぎ。マッテオも」
そう言い残して目の前の鏡の中に入って行った。
「うさぎっ、白鳥って誰だ? お前知ってるみたいじゃないか」
部屋から鏡の中に白鳥が消えて、マッテオが堰を切ったように話し出した。
「うん、白鳥って多分この世界じゃ神様みたいな力を持ってる奴だ。いや神様みたいじゃなくて本当に神様かもな。ちなみに穴に落ちていたのも神様でグヘヘって名前なんだけど、俺、もう3回あいつを殺したよ」
「……うさぎ、お前何者なんだ?」
(白鳥=GMスワンなのは間違いない。あいつなら今日俺に……俺とラヴィちゃんに起きた事の説明が出来る筈だ)
鏡の中から白鳥が手招きしている。
「入って来いって言ってるみたいだな」
「声は聞こえて来ないけど、口がパクパクしてるね。マッテオ、行こうっ。白鳥は話の出来る神様だ、お願いを聞いて貰おうぜ」
鏡の中のワンダーランド、そこに有ると思っている鏡をすり抜ける時に、どんな感触があるのか期待しながらモフモフうさぎは足から鏡の中に入って行った。
「おほほー、スゲー、マッテオ。あっちの空気冷たいよ。ひんやりしてるっ」
「ふう、気楽なもんだな。うさぎ、お前にゃ負けたよ。その能天気さを俺も欲しいわ」
そう言ってマッテオも鏡の中に入って来た。
「本当だ。空気が違うなっ」
(極端な言い方をすれば、日本から飛行機に乗ってどこか遠くの異国の空港に降り立った時に感じるあの空気感。身近な例えで言えば、地元の高校が甲子園で勝ったのを、冷房の効いていない公民館のテレビで見たままの勢いで突入した中学3年受験生が、冷房の効いた静かな図書館の中で響く鉛筆のカリカリとした音の中に立った瞬間に感じるアウェイ感……いやこれは俺だけか)
木造建築ではない建物特有の冷たい空気感、どこかの建物の中の廊下の突き当たりの壁に貼られた鏡から、モフモフうさぎとマッテオは現れた。
広い通路の両側には、下から上へ間接照明の柔らかい灯りが等間隔で並べられていて、それが奥までずっと続いている。窓が無いので全体的に暗くて外が昼なのか夜なのか分からない。
「白鳥、ここってどこだ?」
「モフモフうさぎ、そのスワンと呼ぶのはやめて欲しいな。白鳥のキャラ作りに徹しているのにそう呼ばれると、役がブレブレになりそうなんだが」
「はくちょうとか、そもそも言いにくい名前だと思うけど。キュクノスにしとけよ」
モフモフうさぎの事を観察するかの様に見ている白鳥は、名前についてはそれ以上何も言わずに通路を歩き出した。
「クエストの目的から説明しよう、少し歩くよ。話しながら行くから聞いてくれ」
天井が高い。見上げると天井自体が無くて夜空を見上げているような気になってしまう通路を歩き始めたモフモフうさぎは、スワンに聞きたい事、それが沢山ありすぎて、でも1番に聞く事をいつ切り出そうかと考えていた。