101 ロゼッタの残り香
ロゼッタとモフモフうさぎが通りでやりあっているのを他所に、マッテオは古びた洋館の前にたどり着いた。
木製の玄関は色が黒く変色しており、何故かドアノブの付いている扉の方が外側から破壊されていた。
「開いてんのか?」
中を覗き込むマッテオ。玄関の中は、どうやら20畳ほどのエントランスホールになっているようで、正面の奥に階段が見えた。
「うん、確か2階だ。いや、間違いねぇ2階だった」
マッテオの背後から、フワリと薔薇の香りがした。
「ロゼッタ、ここに間違いねぇ。誰も居ないみたいだし俺が先に行くから付いて来てくれ」
そう言ってマッテオが振り返ると、そこにはモフモフうさぎが立っていた。
「剣はどうした? ロゼッタは?」
モフモフうさぎが空になった両手をマッテオに差し出すように見せて、元に戻った事をアピールした。
(龍の目に色が? さっきロゼッタを刺した左手のガントレットに刻まれた龍の装飾の龍の目が赤紫に染まっている)
モフモフうさぎの両手にはガントレット。ライジングサンは再び姿を変えて、モフモフうさぎに装着されていた。
(俺がロゼッタを壊してしまった事をマッテオは見ていなかったのか……そうか)
「ロゼッタは、消えた。壊れちまったんだ」
(結局リサだけでなくロゼッタまでも、俺は殺しちまった訳だ)
「ええっ! いつ、さっきまでそこに居た、そんな……ロゼッタまで、本当に壊れるなんて、くそっ。一緒に居ただろ、うさぎ。話ぐらいしたのか?」
「ああ、話した」
「なんて言ってたんだよ、ここまで来たのに」
「リサの所に行きたいって言ってた。でも最後は生きたい、もっと生きていたいって」
「そんな当たり前な事を言ったのか」
── 喪失感というものは、変わらぬ時間の流れの中で遅れて感じてくるものだ。じわじわと失った人の事を、もうどこにも居ない事実として認めていく間、大きくなったり、小さく薄れたり、突然襲って来たりして、そうやってその人の事を忘れないように心に刻んでいく。
「うさぎ、お願いだ、お前だけはロゼッタの事を忘れないでいておいてくれ。あいつ、わかるだろ、ひとりぽっちの寂しがり屋だったんだ」
(リサも消えて本当にひとりになってしまった)
モフモフうさぎは痛いほど手を握りしめた。それは何かの決意の表れだったのか。
「行くぞうさぎ、終わらせようぜ。この屋敷の2階に娘が居るはずなんだ。俺の娘なのか、どうなのかも今は自信がねぇ、でも助けないと終われない。俺も終われないんだよ」
壊れた扉を開けてマッテオが屋敷に入って行く。続いて入って行こうとモフモフうさぎが動いた時に、微かに薔薇の匂いがして、モフモフうさぎは振り返った。
人の居ない通りの風景、そこにロゼッタは居ない。
自分に付いた薔薇の残り香。
「くよくよすんなっ、行くぞうさぎっ」
マッテオの声がエントランスホールに響いた。