8 少女、焦る
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、まずは自分を信じることにした。
ポチの袖をちょいちょい引っ張り、話を聞けと目で訴える。
私と扉を交互に見たポチは、苦い顔で私から手を離す。
よーしよーし。
「外に三人、白い服の男の人がいます。ポチに似た顔の絵が描かれた紙を持っています。…もしかして、例の騎士団ですか?」
小声で問い掛ければ、ポチは些か驚いた表情を見せながらも頷く。
そして静かに「覚えのある気配を感じたと思ったが、此処まで来るとは予想外だった。すまない」と謝罪をした。
申し訳ないと思っているのなら、私から言うことは何もない。
ただし、ただしだ。事態が沈着してからは必ず私の肩のことを謝ってくれ。
これは絶対である。
マジで痛いんだぞ。
改めて透視能力を存分に使い、騎士団三人の様子見をする。
そうして、これは本当に偶然なのだが、肉弾戦になった場合は勝てるか、逃亡を図った場合は逃げ切れるのかと、ふと思う。
ついでに筋肉量を見てやろうと騎士団の奴らを更に透視して見てやった。
「……っ!?」
叫ばなかった自分を褒め称えたい。
何度も瞬きを繰り返し、ごしごしと目を擦っても変わらない光景。
信じられず、私が変なのかとポチへ視線を移すが此方はやはり殆ど赤い。
筋肉繊維が完全に露出していた。
あれ?あれ?じゃあ何だあれは。どうなってるんだ。
「え、え、あの、ポチ?あの、騎士団って…ロボットですか?」
筋肉が見えると思っていた私の目に映ったものは、パソコンを分解した時に見えるような電子機器。
この辺りは田舎でテレビもディスコも車もない。
あんな最新鋭の存在があるということに驚き、同時に心配する。
騎士団ってつまりはロボットしかいないのでは?
お兄様は騎士団に入りたいと言っていましたが人間はなれないのでは?
その前に、いくら王都が都会でもあんな精巧なロボットがあるならばテレビくらいスプリング区にあっても良いだろう。
警備ロボットなんてめっちゃ最新じゃないですか!かっけー!とテンションの上がる私に、ポチは理解が出来ないと言いたげに顔を歪めた。
「ろぼっと?何だそれは」
囁くような小さな声。
しらばっくれないで下さいよ~、とうきうき気分のまま「いやいやロボットじゃないですか三人共」と笑う。
「…ルルーシャ殿、からかわないで貰いたい。そのろぼっととやらは何のことを言っているんだ」
「え?」
あ、あれ?通じない?もしかしてロボットどころか電子機器すらないようなド田舎の隠れ里に住んでいたとか?
ロボットですよ?男の子ってそういうの好きじゃないですか。それとも本当に私の見間違い?ロボットに見せかけた鎖帷子のような何か?
ポチに通じるよう話す為、まずはロボットという単語を使わないようにする。
あれは人間じゃないです!今度こそ通じろ!通じてくれ!念じた。
「いや、人間の筈だが…ルルーシャ殿には人間に見えないのか?」
通じたー!喜び、そうですよ人間じゃないんです!と詰め寄る。
説明したかったが、ロボット三人組が迷いなく物置小屋へ近寄って来るのが見えて押し黙るしかなかった。
何で来る!まさか見えてるのか!熱感知でもしてるのか!サーモセンサーでも搭載してるのか!
ポチ、此方に来てるよ!どうする!?慌てる私に「ルルーシャ殿、幸いウィンター区で見た異能者の気配はしない。逃げるぞ」と呟いたポチは、徐に私を担ぎ上げて物置小屋から飛び出した。
まさかの正面突破。
お腹に肩がめり込み吐きそうな私を担いだまま、ぐるりと我が家を囲んでいる高い塀を易々と飛び越え、猛スピードで屋敷から離れて行く。
「や、やっぱり、指名手配、されたんですかね…!?」
「それは解らん。だが、此処まで騎士団の連中が来るとは予想外だった」
それウィンター区で任務失敗したと話した時にも言ってましたよね!?ああもう、それは置いといて、騎士団って人の敷地内に無断で入るのを許されてるんですか!?
ひたすら文句を言いたかったが、ロボット三人組の空気が不穏だったので逃げることに専念する。
少し遠くで農作業をしている、先日お兄様と私の御者をしてくれたトムおじさんに向かって手を挙げた。
へいタクシー!
「トムおじさん少しだけ馬をお貸し下さい!彼とお忍びデートをしたいのです!」
「おお、お嬢さん。そうかそうか」
そうかそうかー、と頷くだけのトムおじさんに借りますよ!と念を押し、私が言い出したことなのだと仄かに匂わせておく。
ポチ誘拐犯疑惑を遠ざけてあげた私が、さあ私を馬に乗せて下さい!と言えば、ポチは私の腰を掴んで馬に乗せた。
「ぐえっ!?」
いや乗せ方!おかしいでしょう!跨がれるように乗せて下さいよ!お腹で乗れと!?私に!?ただでさえ貴方の肩にダメージを与えられていたというのに!?
もぞもぞと必死に起き上がり、なんとか一人で座り直すと後ろにポチが飛び乗って手綱を引く。
直後、馬が嘶き前脚を上げる。
うぎゃ!?と悲鳴を上げて後ろへ倒れた私は咄嗟にポチの服を掴んで耐える。
そのまま首を回して屋敷の方向を確認すると、既に馬に乗った三人組が、土煙を上げ追いかけて来ているのが見えた。
ひええ、やっぱり此方に来るんですか!狙いはポチか!やらんぞ!私が拾ったんだ!ロボットが何の用だ!
田舎道を駆け抜け、山の中へ入った頃に何処へ向かってるんですかと落ち着きを取り戻した私が問う。
「知らん」
「知らん!?え、ちょ、私も得意なのは我が家の敷地内だけですよ!?この辺りは全く知らんのですよ!?」
「適当に撒いて戻れば問題ない」
「そうかもしれませんけど大丈夫なんですか?山ですよ?行き止まりとか気をつけて下さいよ?」
「何とかなる」
いや怖いんですけど!振り落とされないようポチを渾身の力で抱き締めながら、ロボット三人組をまた透視能力で捜す。
これは便利だ。
障害物が透けて見えるから相手の位置が丸わかり。かくれんぼで負けなしになれるだろう。
直ぐに三人組を見つけ、逐一ポチへ報告する。
ついでに酔いそうだとも言っておいた。
無視された。
「でも疑問なんですが、その…イヤン何とかさんを捕まえる場面を見られちゃ不味かったんですかね?」
「俺が邪魔をしようとしたから捕らえようとしているんじゃないのか。何故そうなる」
「だって任務失敗した時点で、ポチを捕まえるなら出来た筈でしょう。一度帰還してから誰かに言われたんじゃないですか?見られたからには生かしておけないって感じで」
徐々に馬が追いつかれていく中、ポチは顔を強張らせて私を見下ろす。
え、何ですか、まさか私が重いから囮として落として逃げようって考えていたりします?死なばもろともって言葉を知ってますか?
離さんぞとポチにしがみつくが、上から聞こえた声にがばりと顔を上げた。
「崖だ」
「はい!?」
「行き止まりだ」
「うえええ!?どどどどうするんです!?どうしよう!」
立ち往生してしまった私達の元へ迫り来るロボット三人組は、さも追い詰めたぞと言わんばかりの不遜な態度を見せる。
危ないわ!近寄るなこら!落ちるだろ!
「わ、私はスプリング区のランボルト・レメリックの愛娘であるルルーシャ・レメリックです!愛娘です!箱娘です!手を出せばお父様がお怒りになられますよ!さっさと引き返せして下さい!」
お偉いさんの子供であることを全面に押し出して交渉を始めるが、誰だそれと言わんばかりに馬から飛び降りた三人が腰から剣を抜く。
な、な、な、何故だ!えええ、お父様ってそんなに有名じゃないのか!?スプリング区の中で一番の面積を誇る敷地を持っているのに!?嘘、嘘、待って来るなちょい待ち!タンマ!ストップ!
「私達に何のご用ですか!騎士団でしたら何も言わずに捕獲して良いと思っているのですか!用件を言って下さいよ!」
「お前に用はない」
「はあああ!?何ですかその言い方は!嘘でも用があると言って下さいよ!傷つきました!」
レディの扱いがなってません!とぎゃんぎゃん噛みつく間も三人組はじりじりと距離を詰めてくる。
ところでロボットの割に声が無機質じゃないし話し方も自然だし相当な技術力だと思うんですが、もしやこの国って私の知っている日本よりも先進国?
原始人でもいるのかなってくらいには田舎だと思っていたのにテクノロジーがめっちゃ発展してそうだぞこいつら。
まあまあまあまあ!落ち着いて下さいよ!どうどう!崖に追い詰められたことにより此方が悪者になった気分だが、正直に言わせて貰うと私は何もしていない。
ポチは知らん。
「あー、この人に何のご用でしょうか」
「答える義務はない」
「私は保護者みたいなものなんです!知る権利がありますし知る義務も多いにあります!私が飼い主…いえ保護者です!私が!」
私を庇う為だろうが、今まで背に隠していてくれたポチを邪魔だと押し退けて前に出る。
貴方は言葉が足りないし発言しても悪い方向へ転がりそうなので静かにしていて下さい。
さあ保護者の私に用件を言って下さい。
ふんぞり返る私を前に、ロボット三人組はこそこそと密談をしだす。
おい相談するな。
しかし今の内にと私もポチへ声をかける。
「例えば武力行使をしようとするなら勝算はどの程度でしょう?」
「異能者がいないなら雑魚ばかりだ、勝てる」
おお!と希望が芽生えた私に、ポチはその行動にある唯一の、そして最大の欠点を挙げた。
「ただし、確実に奴等の息の根を止めなければ俺ばかりではなくルルーシャ殿もお尋ね者になるな」
「ですよねー」