6 少女、報告する
三人でポーカーをしたが、そう簡単に透視能力が扱えるようになる訳でもなく、単純なポーカー勝負をするだけに終わった。
くっそー、透視ってこういう勝負にはもってこいの能力なのに!悔しい。
勝ったり負けたり、思うように出来ない自分へ僅かだが苛立っていれば、シャワーを浴びてさっぱりした様子の父が部屋を訪ねて来た。
後ろには母も兄もいる。
全員で来られてもポチが気不味いだけなんじゃないか。
私の心配を他所に、父は豪快に笑って見せる。
ゴリラ界のイケメン、人間界のゴリラ、略してイケメンゴリラの父は見た目からして屈強な山男のような風貌であるものの、性格はとても穏やかで優しい。
何より娘に甘いので見た目はゴリラでも大好きだ。
「おお!君がルルーシャの連れて来た青年か!私はランボルト・レメリック!何かあれば気軽に言ってくれ!」
「ちょっと父さん!見ず知らずの人を家へ招くのは反対するべきだと…!」
「そうかそうか!君、名前は?」
お兄様を無視し、イケメンゴリラなお父様は朗らかに笑ってポチへと問いかける。
え、とポチが私をちらりと見た。
ので、私は静かに挙手をする。
「お父様、彼はワイドさんというお名前です。私は仲良しなので親しみを込めてポチと呼ばせて頂いております」
「うむ、そうか。ではワイド君、ルルーシャとこれからも仲良くしてやってくれ。がっはっは!」
「じゃあねルルーシャちゃん、私とパパはデートして来るわ~。お留守番しててね~」
笑いながら廊下を歩いて行く二つの背中。
遠ざかる人影を、ロイヤードは悔しそうに見詰めていた。
なんとも申し訳ない気持ちになると言うか…居たたまれない。
せめて兄とポチがもう少しでも仲良くなれたら良いんだけど。
まあ、まあね、元は私が撒いた種だからね!反対することは解ってたし!
でも、どうしても耳から離れない。
堪えようとして、堪えきれずに溢れてしまったかのような嗚咽。
見なかったからこそ気になるのかもしれない。
ただの同情だけど、でも、放っておいたら死ぬんじゃないかって考えてしまう。
ポチを胡乱な眼差しで見るロイヤードに、心ばかりのフォローを送ろう。
「お兄様も一緒に遊べば心配ありませんね!何も不安に思うことはないと思っていますが、お兄様の気持ちが少しでも楽になるのでしたら是非とも参加して下さい!何より私がお兄様と遊べて嬉しいです!」
ふんす!と気合いを入れて見せる私をロイヤードは見下ろし、諦めたように肩を落として部屋へと入って来た。
さあやりましょう!さあ!透視が出来なくてもトランプは得意なのでまあまあ勝てますよ!ぐふふ。
ポーカーをしながら透視能力について話したが、お兄様からは「ルルの様子が変だったのはそれが原因か…体調不良とかじゃなくて安心したよ、今度からはまず僕に言ってくれ」という願い事のような忠告を受けてしまった。
ふっ…お兄様、そんなお優しい御託を並べていて良いのでしょうか?
ふふふふふ、目を閉じている私の心を読めない限り勝てませんよ!おっほっほ!
そして勝率が下がったことによりビリ争いをポチとすることになり、強がりは一瞬にして砕け散った。
…こんな日もありますよね、おほほ。
「ロイヤード様はもう荷造りを始めていらっしゃいますか?」
「はい、少しずつですが整理しています。ああそうだ、何か持っていた方が良い物があればお聞きしたかったのです。参考までに…何かあるでしょうか」
ちょ、お兄様?勝負の最中に私語ですか?何ですかそれは、片手間に相手をしても勝てるぞということですか、私これでもトランプは得意なんですからね!
本当ですよ!スピードだったら負けませんよ!動体視力と反射神経は負けなしですからね!
「向こうは此方と文化が違いますし…何かご連絡をしたい場合は手紙を出すしかありませんから、連絡手段の準備はいかがなさいましたか?」
「母に能具のレターセットを貰っているので、手紙は飛ばせば此方へ届くと思います。取り敢えずはその方法で連絡をしようかと思っています」
「でしたら、後は金庫だけで十分です。私がラプラス学園の寮にいた時に、生徒が盗難被害に遭うことがありましたから…大事な物はしっかりと管理出来るように気をつけた方が良いと思います」
「盗難被害ですか…ラプラス学園に外部の人間が入れるとは考え難いので、内部の人間でしょうか」
「私もそこまでは知りませんが、異能者による犯行だと噂されていましたし、気をつけるに越したことはありません。金庫も、出来るだけ能具にした方が良いのでは?」
「能具ですか…この辺りには売っていないので、王都で仕入れるしかありませんね」
ぐあああっ!負けた!ポチにも負けた!おかしい…おかしいぞ…ワンペアとかツーペアばかりで勝負に出られない…いや、手札が悪くても勝つことが出来るのがポーカーだから私の勝負運が悪いのか…?
目を閉じてるから私の表情から嘘を見破ることは難しい筈…なのに何でだ、さてはイカサマか。
いやしかし…ぐううっ。
負け犬の私がぎりぎりと歯ぎしりをして見せれば、お兄様は苦笑をして「妹の嘘くらいは見破れないと、兄としては悔しいからね」と頭を撫でてきた。
畜生、許す。
「ところで、能具って何ですか?」
「異能者の作った、不思議な力が宿る道具ってところかな。つまり、異能者が作った金庫ならば、能力によって開けられることはないんだよ」
「へー…でも普通に開けられたら意味ないんじゃないですか?」
「まあそうなんだけど、能力でこじ開けられる心配はないから普通の金庫よりは安全なんだ。ルルの透視でも、金庫の中を見ることは出来ないからね」
「あー、そういうことですか。能具って凄いですね」
お兄様の宝物をこっそり見るという悪どいことは出来ない訳だ。
残念。
家族が一人でも何処かへ行ってしまうというのは寂しいが、文通は出来るし、会えなくなる訳でもないのだから、学園に行ってしまうまでは笑顔で傍にいよう。
負け犬の笑顔でも見せておこう。
あっはっは!…はぁ。
「今日はここまでにしておこうか、ルルも出掛けて疲れただろう」
「ううう…少しだけですが…」
「ワイドさんには客室に泊まって貰うとして、今後のことも考えないとだね。そこはきちんと考えているのかな」
「それについては考えてます!まずは薪割りの手伝いと、それから野菜とかを育てて貰おうと思います。最初はサツマイモとかですね!」
「この辺りは気候が安定しているから大体のものは育てられるから、新しい野菜は追々やって貰うとしても、薪割りくらいは直ぐにでも出来るようにしてくれないと」
筋肉ありそうだから大丈夫だと思うが、薪割りは経験があるだろうか。
ポチの服装はどうも、私達のような上流階級には似ていないし、ましてや市場にいたような人達の衣服とも違う。
母も昔は隠れ里に暮らしていたと言っていたから、ポチも隠れて暮らしていた可能性は高い。
そこんとこどうなんすかポチ。
話が逸れた、戻そう。
「ポチは薪割りってしたことありますか?」
「ん…ああ、村でしていた」
「おお!村って隠れ里みたいな感じのやつですか?」
「そう言われている」
えー!気になる!
いやでもお母様に聞いた時はあまり話したがらなかったし、実家に帰りたくなさそうなポチにあれこれ聞いても答えないだろうな…。
それに気も引ける。
泣いてたし。
これ重要。
そうですかそうですかー!と頷き、ではお母様達が戻るまでに簡単ですが仕事を教えちゃいましょうと立ち上がる。
我が家は自給自足がモットーですからね!必ず仕事はして貰いますよ!
家の前には色とりどりの花が咲き乱れている庭、後ろは農作物を育てている畑があり、薪割りも裏庭でしている。
お手本は特に必要ないらしく、ポチは斧を慣れたように振り下ろしてどんどん薪を割っていく。
おおっ、ポチ凄い!
ポチがせっせと仕事をしている間に、そっとお兄様の傍へ寄る。
お兄様、お兄様、とこそこそ話しかけた。
「ん?どうしたんだいルル」
「あの、言おうか迷ったのですが、実はポチと出会った時にあの人、パンケーキを食べながら泣いていたんです。なので、ポチが実家に帰りたいと思うまでは家に泊めてあげたいんです」
迷ったが、ポチの今後も考えてお兄様を動かしそうなことを密告する。
想像通りに兄が驚いた顔をするので、ほっとした。
「何か事情があるみたいですし、力になってあげられればと思うんです」
「…そうか、解ったよ。僕も少し大人げなかったね。ルルももう自分で考えて行動する年齢なのに、未だに小さな子を相手にしているような接し方をしてしまった」
「え?いえそんな、寧ろ嬉しいですよ。お兄様はこれからも私に構って下さいね!」
うへへ、と頬を緩める。
そしてポチ、マジですまん。
あまり知られたくないであろうことを当日にばらしてしまった。
まあまあまあ、これでお兄様が優しくなってくれると思うので結果オーライですよね!終わり良ければ全て良し!さあ、思う存分にその斧を振り下ろしなさいポチ!おっほっほ!