4 少女、聞く
良いではないかー良いではないかー。
お兄様を宥めながらポチを馬車の中へ押し込み、彼がうっかり引きずり出されたりしないようにと直ぐ様私が乗り込んだ。
どんな表情をしているのかは想像するしかないが、空気が冷たいので怒っているであろうことは察するに余りある。
お兄様めっちゃ怖いです。
我が儘な妹だと思われていそうだが、私には私の考えがある。
外のことを知りたい、どうして皮膚が透けて見えるのかを知りたい、家族が何を私に隠したいのかを知りたい。
馬とかゾンビもの映画に出てきそうな見た目だったし、やっぱりこの景色をどうにかしたいのだ。
その為には外部の者から情報を得ることも大事だと思う。
先に家庭教師に相談するけども。
酔わないように目を閉じて、意見は聞き入れませんよとアピールする為に腕を組む。
そうして気づいたのだが、目を閉じると普通の景色が見えた。
んんん?どういうことだ。
右に座るロイヤードへ顔を向けると、むすりと不機嫌そうな美少年。
左へ顔を向ければーー。
「ぅおっ!?誰だこいつ!?」
父親と同じくらいの体格をした、黒髪の男がいた。
短く切り揃えた黒髪に、無愛想な面持ち。
鋭い真っ黒な眼球が此方へ向けられる。
あ、え、これがポチ?全く可愛くないんですけど!
自分で連れて来ておいて誰だと口にしてしまったことに焦り、あわわわわと意味の為さない声を出す。
「あー、えっと、その服って私服ですか?」
咄嗟に質問をしてみる。
今、本当に今、初めて見たのだ。
一番に気になったことは黒い外套に身を包んでいること。
何それ、え、不審者?そりゃロイヤードも嫌がるわ。
私の不審な態度を特に気にせず、ポチは「目立つことは避けたいからな」と答えた。
いや悪目立ちしてますけど。
ツッコミ待ちかと訝しむ私だったが、右から聞こえた声に固まる。
「誰だって聞こえたけど、それはどういう意味かな?」
「え」
そ、そんなこと言いましたかしら~?おほほ。
嫌だわお兄様、きっと空耳ですわ、疲れているんですよ、早くお休みになられて下さいな。
取り繕う私に、お兄様はにっこり微笑んだ。
凍えそう、マジで温度が下がった。
腕を擦る。
どうする?どうする?どう誤魔化す?
冷気で頭がクリアになった私は、口から出任せで家へ着くまでの時間稼ぎをすることにした。
「ええ、お父様にそう言われるのではないかと考えていたんです。うっかり口から出てしまいましたね、お恥ずかしい。忘れて下さいお兄様」
「ああそうだね、ルルが恥ずかしいのなら追求しないようにしよう。それで、父さんと母さんにはどう説明する気なのな?」
お父様とお母様への説明ですか…。
口をつぐんだ私に、お兄様は「きっと反対するよ」と諭すような口調で言い、私に諦めを促してくる。
私が黙ったのは説明に困ったからではない。
ただ、兄を説得するよりは遥かに楽そうだなと考えただけだ。
家庭教師も特に反対はしないだろう、そういう人達だ。
だからこそ兄が誰よりも気をつけるようにしていることは解る。
「取り敢えずお父様達には私から言いますし、大丈夫だと思います。それに、本当にペットとして扱う訳ではないですよ。きちんと働いて貰いますから」
「そうは言っても…」
知らない人を平気で家に招こうとする妹を頑張って止めようとする兄の図。
そりゃあ心配されて当然だ。
でもなぁ、私個人の利益と他にもあるんだよなぁ、利益。
帰宅して門を通り抜けると、花壇に水を撒いていた母が私達に気づき、頬に手を添えてにっこりと笑んだ。
ふわりと揺らぐウェディングドレスのような純白のドレスが似合っている。
「あらぁ、お帰りなさいルルーシャちゃん。可愛いリボンね、ロイヤード君に買って貰ったのかしら~」
「ただいま帰りましたお母様!そうなんです、お兄様に貰いました!」
「それは良かったじゃな~い。…あらあら、そちらの方はどなた?」
駆け寄った私の頭を撫でていた母がポチの存在に気づき、首を傾げる。
私よりも色素の薄い、桃色がかった銀髪が煌めき、ドレスの上を滑った。
ピンクゴールドの瞳が優しげに細められる。
これで二人の子持ちとは思えん。
変わらずに目を瞑ったまま「もう少しでお兄様は王都へ行ってしまいますし、人手が必要ですよね?帰る場所がないと言うので、丁度良いと思い連れて来ました」と矢継ぎ早に説明をする。
お兄様は何か言いたそうにしていたが、母はそうなの~?とにこにこ。
「そうよねぇ、ロイヤード君が離れるのは寂しいわよねぇ。パパが二人分の仕事をするのはやっぱり大変だと思うし、私は賛成するわよ~」
「なっ…、母さん!」
「帰る場所がないなら良いじゃな~い。力仕事も任せられそうだから、畑も拡げられそうねルルーシャちゃん」
「はいお母様!」
やったぜ!お母様ならそう言うと思ってた!どうですかお兄様!許可は貰いましたよ!
ガッツポーズをして喜ぶ。
「パパはお風呂に入ってるから、後でママから伝えておくわね~。ルルーシャちゃんは、ココアちゃんがお部屋で待ってるから先に行ってあげたらどうかしら~」
「有難う御座いますお母様!此方の方は後でご紹介させて頂きます!」
「こらルル!」
挨拶すらせず物珍しそうにきょろきょろしているポチの腕を掴んで、さあ行きましょうと自室へ急ぐ。
目を閉じていることに何の疑問もないのはおおらかな母の性格のせいだろうとは思うが、ちょっとしたツッコミが欲しかった。
普段から変な子だと思われていそうで嫌だ。
自室の扉を開けて中へ入れば、びくりと椅子に腰掛けていた人の肩が跳ねる。
慌てたように立ち上がる彼女へ、私も慌てて頼んだ。
「ココアさん!私の目が変なんです!」
「っえ?…ええと、目ですか…?」
戸惑いがちにポチと私を交互に見て、それから私の目元をじっくりと観察した。
深い茶色の瞳が心配そうに揺れ、囁くように「目を開けられますか?」と聞かれる。
その問い掛けに答える為に目を開けば、やはり目の前に真っ黒な眼窩が待っていた。
ぐぅぅぅ!
知り合いの死体でも見ている気分だ。
これならばホラー映画の方が何倍もマシだろう。
何度か頷いたココアさんは、もう閉じて大丈夫ですよと口を動かした。
直ぐに目を瞑り、どうですか?どうですか?と詰め寄る。
「目に関する能力だと思います。心配することはないですよ、病気ではありませんから」
「の、能力?いやでも、これってどうにかなりませんか?」
「体質みたいなものですから…治る治らないの話ではありませんし、制御するしかないです」
「ううう」
「私も力になりますから、一緒に頑張りましょうルルーシャ様。それで、具体的にはどのような能力なんでしょう?」
ポチにはソファへ座って貰い、私は空いている椅子へ腰掛ける。
具体的に説明するとなると難しいなぁ。
そのまんま直球で言ってみるか?
「ざっくり言うとですね…服と皮膚が透けたように見えるんですよ、こう…肉が見えると言いますか。自分の体は骨に見えますし」
「ええっ!?そ、それは、えっと、透視能力でしょうか…」
「あー、そんな感じですね、多分。残念ながら上手い具合に裸体を見ることは出来ないようです、使えない能力でした」
「らっ…こほん!透視能力の制御となると、私と同じように繰り返し使用するしかないと思います。因みに今そうして目を閉じていらっしゃるのは、そうすると見え方が正常になるからなのでしょうか…?」
そうです、と一つ頷く。
それにしても透視能力かー。
ちゃんと使えるようになればココアさんの全裸も夢じゃないな、キタコレ!
邪推している私に、ココアさんは聖母のような笑みを見せた。
守りたい、その笑顔。
「では今日から能力についてのお勉強も増やしましょうね」
「げえっ!?」