2 少女、出掛ける
ぐーすかぴーと眠っていた私は、部屋まで来たお兄様に起こされて目が覚めた。
あわわわと飛び起き、ベッドの上で正座をする。
跳ねる髪を手で押さえつけ「おはよう御座います!」と声を出せば、お兄様は微笑を浮かべておはようと返した。
本日も麗しゅう御座いますお兄様。
朝から美少年を見られるだなんて幸せだなと思ってにやにやする私だが、ロイヤードは不安そうな顔で私の頭を撫でる。
え、え、何?お兄様どうしたの?死ぬの?
飛躍し過ぎ。
「ど、どうかしましたか?」
「ああ、いや、体調はどうかなと思って」
「…?元気ですよ?」
あれから一ヶ月、私は毎日のように目を見開く練習をしたり、表情を動かす練習を繰り返した。
それはもう血と汗が滲むような特訓だった。
カッ!と目を見開くことの大変さと言ったら…思い出したくもない。
そして全く変化が起こらなかったので三日で諦めた。
直ぐに匙を投げてしまったのである。しかし頑張ったので良し。
あのまま続けていればルルーシャ・レメリックからルルーシャ・ドライアイになっていたところだ。
他にしたことと言えば、長くて邪魔な髪をばっさり切ったことだろうか。
すっきり!それだけ。
故に、未だに死んだ魚の目をしている私。
そんな私にお兄様は外へ出掛けないかと誘ってきた。
外?ぽかんとしてしまう。
そ、そうか、外か、そういや外に出ていないな最近。
ルルーシャとして生きてきた中でも、外出というものを片手で数えられる程度にしかしていなかったことに今更ながら気づく。
過去の記憶を思い出したせいか、レメリック家の内装やら庭園に感動していて特に外出したいという気持ちはなかったので気にすることもなかった。
専ら敷地内でお兄様とお茶会するか、部屋で家庭教師と勉強するか、庭園の花に水をやるか、芋掘りをするか、ベッドでごろごろするかのどれかしかしていない。
美少年のロイヤードを見てうっかりにまにましないよう気をつけ、きりっとした表情を心掛ける。
「是非ともお兄様とお外へお出掛けしたいです」
私の真剣な顔を見てロイヤードは困惑していたが、苦笑と共に了承してくれた。
流石だぜお兄様!素敵!結婚して!ドンドンパフパフ!
「あまり遠くへは行けないから、近くの市場までだよ。何処かでランチをしよう」
「ランチ!お供します!」
「喜んでくれて良かった。着替えておいで、部屋の外で待ってるよ」
「はい!」
お兄様が部屋から出て行き、私は慌てて身支度を整える。
クローゼットにはドレスばかりで、普通の服がないことにがっかりした。
外にドレスなんて着て行きたくない。
悩んだ末に、シンプルなライトグリーンのAラインドレスを着て、クリーム色のローブで派手さを抑えることにした。
作戦は見事に成功し、人混みの中でもそこまで浮くことはなかった。
が、馬車で移動するということを甘く見ていた私は完全に乗り物酔いをしてしまい、お兄様に背負われ移動するという事態を招き、別の意味で人目を引いている。
「お兄様…御免なさいお兄様…」
「良いよ、ルルは昔から馬車が苦手だったからね」
そうか、だから外出した記憶があまりないのか。
無自覚のとんでもない引き籠りだったのかなと思ってた。
何より外に出掛ける理由がなかったし。
華奢なお兄様の背中で、きょろきょろと辺りを見回す。
行き交う人は現代っ子だった私からすれば明治が大正くらいの時代を思わせる昔の服装をしていて、建物もあまり都会っぽさはなくビルの一つも見当たらない。
時代劇の世界に入り込んでしまったみたいだ。
みたい、ではなく、実際にそんな感じなのだが。
高い建物はと言えばーーこの国の王様が勤勉で読書家なのもあり、世界中から取り寄せた本が詰まっている本好きには堪らない聖地、オリビア図書館。
国の中央にある、王様の住む場所ルメリオン王宮。
この王宮については、殆どの者が詳しいことを知らないという話だけ知っている。
後は国の警備を任された騎士団の一部が住み、犯罪者達の墓場と言われるアラクニドの砦。
一度足を踏み入れたが最期、二度と生きては出られないと黒い噂がある。
そして最後に、お兄様が入学するラプラス学園。
国のエリートが更なるエリートになる為の場所。
まあ、この四つがこの国の名物ではないだろうか、個人的に。
これくらいしか知らん。
此処らじゃ全く見えないがな!全部遠いわ!王都側じゃ!
かつては女子高生だった私からすれば、もう学校に行って勉強することに嫌気が差していた。
だが、この世界には超能力というものが存在し、その能力を強めて国の役に立たせる為の施設がラプラス学園にあるらしいので興味はある。
寧ろ興味しかない。
ラプラス学園の卒業生は、大体が騎士団という国の治安部隊にスカウトされ、何よりのステータスになるとは家庭教師から聞いている。
その家庭教師も卒業生なのだが、ちょっとした治癒能力しか使えないので、と眉を下げていたことから攻撃に特化した人材しかスカウトされないのではという疑念はあった。
それから私の中では騎士団めっちゃ怖いというイメージが固定されつつある。
「ルルは何処か気になる場所はある?」
今の今まで思い浮かべていた四つは名物であって私が行きたい訳ではない。
物理的に行けないし。
無難に可愛らしい小物が気になりますと答えれば、ロイヤードは「それならあのお店が良いかな」と迷いなく進む。
優しいロイヤードに惚れてまうわーと和みつつ、そろそろ自分で歩けますという意思を伝える。
お兄様ももう疲れただろう、いくら何でも。
不安そうに私を見るお兄様へ元気ですアピールをする為に、さあさあ行きましょうお兄様!と彼の手を取って早歩きをして見せた。
特にこれと言って欲しい物はないが、強いて言うならばどういう物が売られているのかが気になる。
今まで我が家の敷地内から殆ど出なかったことを悔やんだ。
「ルル、元気なのはわかったよ。あまりはしゃぐと危ないから、しっかり前を見てくれ」
「御免なさいお兄様」
咄嗟に速度を緩めれば、お兄様とは違ってミルクティー色の髪を撫でられ、突然の出来事にどひゃあと彼を見上げる。
何処と無く女慣れしているような感じがしたぞ今。
微笑を浮かべているロイヤードに、そういえばお金持ってませんでしたと話をすり替える。
うっかり照れてしまいそうだったので普段よりもポーカーフェイスを意識し、改めて前方へと顔を向けた。
「ルルのお金は僕が預かっているから心配ないよ。小物以外に何か欲しい物はないの?」
「そうですね…服が気になりますが、次にお兄様とお出掛けした時にします。お兄様は何か後用事はないんですか?私ばかりなのも申し訳ないですよ」
「僕はルルよりも外に出ることが多いから、気にしなくて良いよ。今日は小物を見て、食事をしてから帰宅しようか」
「はい!」
自然とお兄様に手を引かれ、変わらず周囲を観察しながら歩く。
朧気な記憶を手繰り寄せ、確かこの辺りも我が家の領土だったなと思考を働かせた。
ルメリオン王宮と銘打つように、この国の王は其処に住んでいる。
そして貴族が国のあちこちにばらまかれ、レメリック家はこの辺境の地を統治している、筈だ。
たぶん。
この辺りは田舎だけど、王宮の近くは都会だとか。
見たことないからあまり信じられないわ、此処も田舎とは言ってもテレビとかないし。
車もないし。
道が舗装されていないからかもしれないが。
小さなお店に二人で入り、可愛いアクセサリーやポーチが並ぶ棚を眺める。
私はゴスロリ系とか原宿系が好きなんだけど…ないな、やっぱり。
しかし此処まで来ておいてやっぱり要らないですと言うのも罪悪感があるので、適当にカチューシャを手に持った。
真っ赤なリボンがついていて可愛いからだったが、ロイヤードはうんうん頷いてさっさと会計を済ましてしまう。
ぼそりと聞こえた「良い目印になるな…」の声は忘れないぞ。
カチューシャだし高くないだろうと考え、値段は聞かずに有難う御座います!と礼を告げる。
早速そのカチューシャを頭に装着すれば、ロイヤードは「可愛いよルル、似合ってる」と微笑んだ。
お兄様の方が可愛いです御馳走様です。