ゲーム世界で勢力拡大
この俺、城崎浩介がその朝目覚めた時、なにかいつもと様子が違った。
だいたい、目覚めて真っ先に見えるのは自分の部屋の天井なのに、その朝はなぜか液晶ワイドスクリーンみたいなのが眼前にぱっと灯り、こう書かれていた。
『ゲームの開始を望みますか? 貴方は今現在、構成員たった一人の軍勢ではありますが、身分は将軍です。野外フィールドには各種NPCが大勢いますので、制圧して、まずは自分の部下を増やしましょう! そして、いつか出会うライバル達に先んじて、強大な軍勢を作り上げましょうっ』
「……は?」
俺は声に出して呟いた。
状況が意外だというのもあるが、そのたわけた文章に見覚えがあったからだ。
これは、全然人が集まらなくてたった半年であえなく閉鎖された、オンラインゲームの「ショーグン」に出てくる文章じゃないか。
ゴーグルを嵌めてプレイするスタイルの、VRゲームであり、確かこの文章を――
記憶に従い、俺は顔の上に浮かんだ文章を手でタッチしてみる。
すると、いきなりファンファーレみたいな音がして、『おめでとうございます、ゲームスタートです! 最初の武器は中古ソードっ。張り切っていきましょう!』と出た。
「うあっ」
今度こそ俺は飛び起きた。
そりゃまあ、いきなりどさっと胸の上に何かが載ったら、普通はビビる。
しかもこれ、年季の入ったごつい長剣じゃないかー。
「俺は刀の方が好み――じゃないっ」
Tシャツとパンツと姿のまま、俺はうろうろ部屋の中を歩き回った挙げ句、とりあえず、窓の外を見た。
(うおうっ)
危うく声を上げそうになり、俺は自分の口を手で押さえた。
いやだって、モロにビキニ水着みたいな鎧を着たねーちゃんが、左右を睨みながら歩いて行ったからな。まだ五月なのに。
おまけに、抜き身の剣を持ってたし。
ここが二階でよかった。一階だったら、もう見つかってた。
しかし、俺の驚きはまだまだ甘かった。
ビキニ鎧のねーちゃんなんかまだ序の口で、しばらく窓の隅から見下ろしていたら、今度は歩くトカゲ人間みたいなのが、灰色の鎧姿で通っていった。
ちなみに、先のねーちゃんもいまの化け物も、両方、俺は知っている。
ねーちゃんの方はNPCの「アーマーガール」で、トカゲはそのまんま「リザードマン」だ。両方、レベル2くらいだったような。
しばらく、ノシノシ歩き去るリザードマンを眺め、俺は呟いた。
「どうすんだ、これ」
驚いた割に、根が真面目な俺は、結局、いつも通り学校へ行くことにした。
なぜなら、警察に電話しても誰も出ないというか、そもそも通話音すらしなかった。通じてないらしい。スマホも同じく。
テレビはちゃんとスイッチが入ったが、求める「緊急ニュース」などは映らず、代わりにオンラインゲーム「ショーグン」のトップページが表示されて、脱力した。
他のチャンネルも全部同じだった。
となると、もう後は学校へ行くしかないと思ったんで。
高校二年の五月といえば、大事な時期だしな。出張中の母親だって、俺がサボるのを許さないだろう。
ただ、外にリザードマンやらアーマーガールやらがうろうろしている状態で、学生服着て鞄持って歩き回るのは気が進まない。
そこで、試しに「装備チェンジ」と声に出したら、ちゃんと目の前にスクリーンが出てくれた。いや、これはマジで、俺がプレイしてた不人気ゲーム、ショーグンそのままだ。
レベルやらいろいろ表示されているが、慣れている俺はロクに見もせず、今所持している平服に近い戦闘服にチェンジした。
一瞬で切り替わったが、今更驚かないぞ……まあ、少し驚いたけどな、本当は。
さほど防御力がないこの服装は、腰下までの上衣と、ズボンという構成。まあ、軍服みたいな外観かもしれない。
剣や銃を装備するための、ごついベルトもあるしな。
そのベルトにもらったばかりの長剣を装備すれば、準備完了だ。
……一応、鞄も持っていくか。まさかとは思うが、授業も普通にやってるかもだし。
そんなわけで、俺は剣士風の格好をして、学校の鞄だけ背中に背負った間抜けな姿勢で、家を出た。
半年に過ぎないけど、ゲームのショーグンをプレイした経験のある俺は、外へ出るなり、「魔獣避けレベル1!」と声に出し、スキル発動した。
その名の通り、レベル1でも使える、魔獣とエンカウントする確率を大幅に下げるスキルだ。まさかとは思うが、通学中に死んだら、目も当てられないからな。
そこで少しは余裕が出て、魔獣やら戦士やら魔法使いやらが闊歩する通りを歩いて行ったんだが……いやぁ、まともな人間に出会わない。
同朋とか皆無だぞ、この近所。
試しに、通常スクリーンでマップを開いて、俺と同じプレイヤー表示のあるヤツを探したが、誰もいないというね。マップの光点だけで三桁以上は余裕だったが、プレイヤーを示す赤い点は皆無。全員が白い点のNPCだ。
プレイヤーは近所に俺だけらしい。
車とかはそこらに停めたままだし、家の並びも普通なのに、そこにいる連中だけが狂っている……いや、狂ってはないか。
なぜかショーグンのゲーム内容通りの格好で歩いてるだけだ。
人間にせよ、魔獣にせよ。
魔獣避けのお陰で、今のところコソコソ歩くのに不自由はないが、途中、アーマーガールとマジシャン(魔法使い)が戦っている場面には出くわした。
互いにレベルが近いせいか接戦だったが、最後はまぐれのクリティカルヒットが決まり、アーマーガールの勝利となり、マジシャンは消えた……て、消えた!?
俺は急いで「オンスクリーン!」と声に出し、通常スクリーンを表示させた。
そのスクリーンを通して見た、勝利の喜びに浸るアーマーガールは……やはり、NPCとなっている。これもまあ、ショーグンのゲーム内容通り。
このゲームにはプレイヤーとNPC(魔獣含む)がほとんどメインだからな。
しかも、ゲームが不人気のせいで、プレイヤーの数は少なく、NPCの数はむちゃくちゃ多い。自分の軍勢造る分には、やりがいはある。
「ふむぅ? 血が出ないし死体ができないってことは、こいつらマジでNPCなのな」
自分のステータスはプレイヤーとなっていて、これもゲーム通りだ。
……などと考えていると、今度はいきなりアラームが鳴った。
「うおっ」
聞き慣れた音だけど、思わずビビったじゃないか!
慌ててスクリーンを見直すまでもなく、脳内に音声が響く。
『魔獣避けの効果が切れましたっ。NPCのマジシャンが、索敵範囲に出現! このままだと、戦闘になりますっ』
「ヤ、ヤバいっ」
俺は慌てて、再び「魔獣避け」をかけようとした――が。
百メートル先に見慣れた見知った子を見つけ、「げっ」と声に出してしまった。
あの子は……うちの近所に住む、桜沢茜じゃないか。クラスのマドンナかつ、六歳までの俺の幼馴染みだ。
なぜ六歳までと限定するかというと、それ以降、この子は妙にお高くとまり、俺などには洟も引っかけてくれなくなったからだ。
今や、ザ・他人……同じクラスになり、十年ぶりくらいに毎日顔を合わせることになっても、「なに? あんたなんか全然知らないけど?」という顔で俺を見やがる。
六歳当時は、お医者さんゴッコだってこなした仲なのに、シカトかよと。
美人はホント、信用ならん。
その桜沢が、なぜかバレリーナみたいな衣装を着て、右手に長い杖持ってこっちへ歩いてきやがる。長い髪と、睨む時に威力が倍増の切れ長の目は、間違いなくあいつである。
だいたい、これほど目立つ美人が、この近所に他にいるわけない。
でも、ステータス画面の表示は「NPC マジシャン:アカネ」である。名前だけそのまんまか……カタカナだけど。
「お、おぉ……桜沢……さん?」
声が届く距離になったので、俺は気弱に挨拶した。
「な、なんか大変なことになった――うわああああっ」
「倒すわっ、ファイアボール!」
桜沢の奴、いきなり凜とした声で叫び、杖を振りやがった。
そしたら、本気で炎の固まりがこっちへ飛んで来て、俺は必死で身を投げた。
「いたたっ」
……当然、アスファルトにしこたま身体をぶつけ、俺は呻いた。
「死になさいってば! ファイアボールっ」
「ひ、人殺しかっ。お、俺だ、城崎浩介だって!」
「そんな人、知らないっ。ファイア――」
「ふ、ふざけんなあっ」
未だにちょびっと気のある……要は未練のあるツンツン幼馴染み(デレなし)に殺されそうになり、俺はてきめんに頭に血が上った。
十年前はあんなに仲が良かったのに、こんな仕打ちを受けるいわれはないぞっ。
かっとなった俺は、跳ね起きると同時に抜剣し、ちょっとアカネの肩口を斬った。あくまでもプチ復讐のつもりであり、相手が怯んだら即、逃げるつもりである……もちろん、俺がな!
ところが、なんたることか――こいつ、自分から間合いを詰めようとして前へ出た結果、思った以上にクリティカルヒットになってしまった!
「きゃあっ」
「わあっ」
俺達は同時に悲鳴を上げる。
俺は動揺して、そしてアカネは、おそらく痛みと恐怖で。
彼女の頭上に自動的にステータスが出て、ささっとHPの数字が激減し、真っ赤な表示と化した。うずくまって肩で呼吸するアカネが、俺を見上げる。
「たすけて……ください」
「ご、ごめんっ。わざとじゃないよ、わざとじゃ!」
またしても二人の声が同時だったが。
え、助けてって?
……見れば、血が噴き出すはずの肩口は、妙に薄くなっていて、向こうの景色が見えている。それ以外には特に変化はないし、出血なんかしてない。
いや、マジシャンの衣装が少し裂けたか。
「つまり、本当にNPCってことか?」
壊れた機械みたいに「助けてください」と繰り返すアカネに、俺は首を傾げた。
となると、ショーグンのルールでは――と考えた途端に、実際その通りに表示が出た。
『敵NPCの、マジシャン:アカネは瀕死状態です。彼女の助命嘆願を聞き入れ、相手を部下にしますか?』
おお、やはり!
ショーグンのルールだと、こういう場合は、NPCを部下に出来る。
そのまま連れ歩くこともできるし、カードに封印して、召喚獣みたいに好きな時に登場させることも可能――のはずだ。
そこまでわかった途端、俺は慌てて宣言した。
「降伏を受けるよ!」
次の瞬間、アカネのHPとMPが回復し、何事もなかったように彼女が立ち上がった。
「ありがとうございます、ショーグン! 今からアカネは、貴方の部下です」
「お、おぉ……」
微妙に棒読み口調で笑顔を見せるアカネを、俺はとっくり見つめた。
思い切って指でツンツンしたりしてな……いや、肩を。
うわ、ちゃんとリアルな触感があるぞ……これでおっぱい揉んだりしたら――。
自動的にそこまで考え、俺は慌てて首を振った。
い、今そんなこと考えてる場合じゃないな、うん。
「ただ、一つだけわかったことがあるな」
俺は空を仰いで嘆息した。
このアカネは、俺の知る桜沢茜ではない。彼女と外見だけが似てる、NPCだ。つまり、ゲーム上のデータ。
表示もそうなってるし。
確認のために、桜沢茜の家に行ってみたら、屋内は空っぽだった。
もう遠慮している場合でもないので、勝手に入ったわけだが、茜本人はおろか、家族もいない。ただ、実験として茶碗を粉々に割ってみたら、やはり四散した後に消えてしまった。つまり、この家も全部データ上のものってことだ。
ショックはショックだが、どこかほっとしたのが、我ながら不思議だ。
「……ここって、桜沢の家だよな?」
後ろに控えるアカネに尋ねると、彼女はコクコク頷く。
「わたしの、今現在の固定キャンプです」
「あー、キャンプもショーグンの用語だな、うん」
実にNPCらしい返事だ。
ちなみにアカネは、今はあのインチキ魔法少女みたいな格好はやめてもらって、この家に普通にあったブレザーの制服を着てもらった。
なぜか、桜沢の持ち物は全部あったので……最初にチェスト開けたら、いきなり色とりどりの下着が詰まってて、鼻血でそうになったけどな。
高校二年生女子で、下着の半分が黒ってのはどうなんだ、おい。
それは置いて、とにかく茫洋とした瞳以外は、もう彼女は同級生の桜沢茜本人しか見えない。
生意気な表情が全部消えたんで、こちらの方が可愛いとさえ言える。
……あと、恥を忍んで白状するが、アカネが指示通りに制服に着替えてる間、俺はずっとそばでガン見していた。いや、そりゃ見るだろっ。本人も、別に文句言わなかったしっ。
だいたい今はゲーム上の俺の部下だし。
俺が一人で脳内言い訳している間も、アカネは横で立ってるだけだ。もうNPC間違いナシって感じだな。
「……西野坂高校(俺達の通う高校)は今、どうなってる?」
駄目元で質問すると、なぜか「リアルワールドの西野坂高校じゃなくて、このゲーム上の西野坂高校がある場所ですね?」などと訊き返してくる。
「やっぱり、ここはゲーム内なのかっ」
「はい」
「他に、俺みたいにNPCじゃないプレイヤーいる?」
「わたしは知りません」
アカネはゆっくりと首を振る。
「でも、いま将軍が仰った場所には、NPCの『戦士養成学校』があります。校庭のダンジョンに潜るために、日々修練中とか」
「校庭にダンジョンっ」
その甘美な響きに、俺は思わず声を上げた。
まあ、ゲーム好きの血が騒ぐというヤツだ。
今のアカネが、嘲笑したりしなくて良かった!
「そうか……ここはゲームで、学校の場所にはそんな美味しいものがあるか……」
そんな場合じゃないだろうに、俺は自然とニヤニヤしてしまった。かなりヤバい状況の気がするし、なによりも現状を調査しなきゃならないんだが……それにしても、昨日までの生活となんと違うことか。
「よしっ」
脳天気な俺は、膝を打ってソファーから立ち上がった。
大人しく待つアカネに、丁寧に頼んでおく。
いきなりエラそうに命令するほど、俺は強気じゃないしな。
「……今から学校の偵察に行くから、おまえの魔法で俺を援護してくれな?」
さりげなく、華奢な肩を一度だけポンと叩いて、プチセクハラしたり。
「お任せください、将軍っ。アカネ、がんばりますっ」
覇気のある言葉と共に、白い杖をクルクルッと器用に回転さえ、アカネはびしっとポーズを取ってくれた。
おおっ、可愛いし、格好いい!
……コスチュームが高校の制服で、違和感満載だけどなっ。とはいえ、今ちょっと胸が揺れたのなんか、ポイント高いぞっ。
将軍って呼ばれ方のみ、超ダサいんだが。だからあのゲームはポシャったのかもしれん。
いずれにせよ、俺は今の状況にかなり満足して、桜沢家を出た。
こんなにワクワクするのは、久しぶりどころじゃない。
もちろん、こんなことになった謎は突き止めたいとは思うが、今のところ、文句ないな。
確かオンラインゲーム上のショーグンのルールだと、部下にしたNPCは、少しずつ感情表現も豊かになっていくはずだし。
ならば、そのうち昔のようにアカネ――じゃなくて、桜沢茜と仲良くできるかも。
さもしい考えかもしれないが、俺的には期待せずにはいられない。あと、部下を大勢増やすのもゲーム的な意味で楽しみだ。
こうなったからには、やはりゲームルール通り、世界唯一のショーグンにならないとな。
ああ、楽しいっ。
仮に、一週間後に戦闘で死んでも、もうそれなりに納得できるかも? と思ってしまうほどだ。
俺は高揚した気分のまま、アカネを連れて歩き出す。
――多分、本当のゲーム開始は、今からになるだろう!
また実験的に短編を書いてみました。
1話完結ですが、お好みに合わない場合はスルーでお願いします。
逆に、楽しめた場合はブクマなど頂けると、個人的に今後の参考になりますので、よろしくお願いします。