永久への祭り
祭りの支度に忙しいかあちゃんやおばさん。
頼りになるばあちゃんに相談に行きます。
祭りの夕餉の支度は、まだ日のあるうちから始まる。
夏美は邪魔扱いされるのが嫌で、ばあちゃんが風呂を焚いている側に腰を下ろした。ぱちぱちと藁の燃える音がして、ばあちゃんの皺だらけの手が薪を足していく。
「ばあちゃん、厄神様のお祭りに一緒に行ってぇー。」
「んぅーん。ばあちゃんは膝が痛とぉーて行かれん。じいちゃんに連れて行ってもらえ。」
「じゃって、じいちゃんは村の役員じゃけ、今日は一緒に行かれんって言った。神様のお守りなんだって。」
「ほーそうかぁ。なら、かあちゃんに連れて行ってもらえ。」
「じゃって、初枝がおるもん。お乳飲まさにゃいけんから行ってくれんもん。」
「ほーそうか。ばーちゃんが行くしかないか。」
「連れて行ってくれる?」
「わかったわかった。晩御飯を食べてからな。」
夕闇が迫る頃、家族そろって土間の台所で食卓を囲む。
かあちゃんが、赤ちゃんの初枝を抱っこしているので、ご飯を敏子おばちゃんが用意してくれる。敏子おばちゃんは今日はパン屋のバイトを休んでお祭り支度の手伝いだ。
芳子おばちゃんは看護婦さんで、今日は夜勤でいない。「祭りの日に夜勤が当たった。」とぶーぶー言いながらさっき出かけて行った。
役所から帰って、ひとっ風呂浴びたとうさんは、嬉しそうに刺し身を食べている。今日は祭りなので、ばあちゃんが清水の舞台から飛び降りて、刺し身を買ってきた。清水の舞台の下には魚がたくさん泳いでいるらしい。いつもよりたくさんお皿に鰆が乗っている。
じいちゃんが村のおよばれで居ないので、今日は寂しい。初枝が生まれてかあちゃんに放っておかれるようになった夏美をいつも可愛がってくれているからだ。
夏美は、かあちゃんに抱かれている初枝を睨んだ。いいもん、ばあちゃんが厄神様に連れて行ってくれるもん。
暗くなった路地の道をばあちゃんが懐中電灯を持ってゆっくり歩く。膝が痛いのか、懐中電灯の明かりがゆらゆら揺れる。
夏美が「ばあちゃん、私が電気持つよ。」と声を掛けると、ばあちゃんが「ほー、四歳のお姉さんは大したものじゃ。よぅ気が付くなぁ。」と褒めてくれた。
公会堂の横を通るのはちょっと怖い。建物の裏に生えている大きな木がお化けみたいに見えるからだ。昼間ミンミンうるさかった木が真っ暗闇の中、両手を伸ばして追いかけてきそうだ。
夏美はばあちゃんの側によって、そっと手を繋いだ。ばあちゃんの温くてガサガサした手が心を勇気づけてくれる。
敬ちゃんの家の前を通って、いつも泳いでいる川の石橋を渡ると、お墓に行く道に出る。この川沿いの道ををずっと歩いて行くと、お墓の向こうに厄神様の提灯が見えて来た。
村の人たちが家族連れでたくさん歩いていたので、ばあちゃんが知っている人に挨拶する。
「こんばんわー。元気にしよーられたんかな。」
「御蔭さんで。……あらぁー、寿さん、よー出て来られたねぇ。膝の具合はどーなん?」
「ぼちぼちじゃ。今日は夏美にせがまれてなー。たまには孫孝行もせんとなー。」
「ははは、そりゃあええ。ゆっくり歩いて行かれーよー。」
「ありがとー。」
お墓の側を歩くのも怖いので、夏美はお墓を目の中に入れないようにしていつも道のはじっこを歩く。「溝に落ちんように歩くんよ。」とばあちゃんが声を掛けてくれた。
厄神様の参道は、両側に屋台の店が押し合いへし合いしていた。ブーンと発電機の音がして夜なのに昼間のように明るくなっている。夏美は、持っていた懐中電灯のスイッチを切った。
鳥居のすぐ側に去年も見た綿菓子の店があった。甘い匂いがして、夏美を誘う。
「なっちゃん、先に『ののあん』じゃ。神様にお祈りしてから綿菓子よ。」
夏美はばあちゃんに言われて、しぶしぶと店の前を離れる。
神様にぱちぱちしてお祈りをすると、境内の中に座っている村の衆の中から、じいちゃんが出て来た。
「夏美、来たんかぁー。よー来たなぁー。ほれ、この賽銭箱を見てくれ。これ、じいちゃんが作ったんぞー。」
夏美はびっくりした。普段から器用で、大工仕事の真似事をしているじいちゃんだが、神様の用事もしてたんだ。今日は境内の中から出て来たし、夏美にはじいちゃんが偉い人に見えて誇らしかった。
帰りに、参道の屋台でおもちゃのままごとセットと綿菓子を買ってもらった。
「行きはよいよい帰りは怖いじゃ。」
ばあちゃんがそんなことをぶつぶつ言っていたが、どうして怖いんだろうと夏美は思った。
いいこと一杯で「帰りは嬉しい」じゃない。ねーーーっ!
夏美ばあさんのそのまたおばあさん。人間の営みはこうやって続いて行くのかもしれませんね。