主人公の名は
今の俺の名前って、なんなんだ??
前世の名前はアカリだが、今の俺は男だぞ?
いやアカリって男もいるかも知れねぇが、そもそも俺は日本人なのか?
いまだに鏡を見ていないので自分の容姿もよくわからないが、目の前のおっさんや少女は明らかに東洋人の顔立ちではない。
となると、俺もか?
混乱ぎみになっていたらなんか勘違いされてしまい
「まぁ、無理にとは言わねぇよ」
と頭をかきながら言われてしまった。どうやら俺が警戒していると思ったのだろう。
これは不味い。
今のこの現状から、恐らくこの家の主はあのおっさんだ。それに、さっき命の恩人ともいっていた。
うっすらとしか覚えていないが、あのとき助けてくれた人たちの声に、何となく似ているような気もする。
俺を抱き抱えてくれた人の声に、だ。
つまりこのおっさんが俺の命の恩人である可能性は非常に高い。
そんな人に向かって名前も名乗らないのはあまりに失礼すぎる。
純粋な子供なはまだしも、俺は一応は成人している精神年齢だ。そんな不躾なことしたくはない。
しかし、名前が思い浮かばない。何か、何かないか!?
.......っ!
とある単語が、ひとつ浮かんだ。俺の現状を著すのにぴったりな言葉が。
「.....バイバル」
俺はポツリと呟いた。
あ、やばい、うまく声にできなくて変な名前になってしまった!
本当はサバイバルって言おうとしたんだ!俺がこの世界で目覚めて、初めて置かれた状況に、この言葉がぴったりと当てはまるし!
だが肝心の一文字目を発音できなかった痛恨のミス。そのため…
「...バイバル?ずいぶん変な名前だな」
ちがーう!案の定勘違いされ豪快におっさんが笑っていた。
これでも必死で考えたんだ…一文字抜けたけど。
いやもういいか…おっさんに悪意の欠片もなかったし、いい間違えたって言うのも変な話だ。
「....なら、バルだね。」
笑うおっさんをちらりと見てから、少女が口を開いた。
とても可愛らしいあだ名だが、バイバルよりかは言いやすいかもしれない。
「そう呼んでくれていいよ」
俺のお墨付きを貰えたのが嬉しかったのか少女も微笑んでくれた。
この場の雰囲気がとても、暖かくなっていた。
「よーし、ならバル。聞きたいことはあとで聞いてやるからとりあえず風呂にはいれ。今のお前、野良犬みてぇにきたねぇからな。あぁ、その前に水は飲めよ?何も飲んでないだろ」
ずっと外にいたせいで体も汚れるだろうし、脱水だって起こる。おっさんの指示はとても明確だ。
俺の現状からここまで指示を出せるなんて、子供慣れしてる人だよほんと。
それに俺もとても喉が乾いていることに気づいた。
今まで緊張やら混乱でそれどころじゃなかったが、おっさんが指差すピッチャーは、どうやら俺のために用意してくれていたようだ。
ありがたく、いただくとしよう。
コップに水を注ぎ、一気に飲み干す。喉を流れる水が冷たく、乾いた喉を潤していく。
水って、こんなに美味しかっただろうか?とにかく、うまい。
「ははっ、いい飲みっぷりだな。そんなに飲めるなら食い物も食べられるだろ。ルリ、風呂場に案内してやれ。俺は皆とリビングにいるから」
またも豪快に笑うとおっさんは手をヒラヒラさせながら去っていった。
...嵐のようなおっさんだ。いるといないとでは部屋の賑やかさに差が出る。すごい今静かだ。
ピッチャーの水を半分くらいまで減らしてから、ベッドから起き上がって今度は女の子に微笑んで見せた。
一応睨まないように笑っているつもりだが、きっと不自然だろう。何せ、笑えているのかもわからないから。
「シャワー、こっち」
俺が水を飲み終えるまでずっと待っててくれた少女が、指を指しながら廊下の方へと向かう。
シャワーを浴びると言うことは、少なくとも鏡はあるはずだ。
質問よりも先に風呂を選んだ理由はこれ。つまり自分の顔を拝みたかったってこと。
どんな顔してるかきになるって言うのもあるが、少女…ルリって言うんだったか。
ちゃんと名前を聞きたいけど、汚れたままだと気が引けたし。一石二鳥というわけで風呂が先だ。
そうして俺は、少女についてシャワー室まで向かうのだった。まだ見ぬ自分の姿に、興味と期待と、少しの不安を抱きながら。