大人との邂逅
おい、誰だか知らないが俺はこの可愛い女の子の声が聞きたかったんだ。邪魔をしないでほしい。
などと言う冗談を浮かべるくらいには、俺も落ち着きを取り戻しているようだ。
とりあえず声のした方へ顔をあげると、声の主はすぐに扉から姿を現した。
こう...なんと言ったらいいのか…。
ハードボイルドとは言いにくい、くだけだ感じの、だからといってダサいおじさんとは言い難い、微妙なラインのおっさんが現れた。
白髪...というよりグレーの髪をオールバックに決め、頬摩りしたらジョリジョリしそうな微妙な長さの髭をはやし、シワだらけの顔を豪快に笑わせているおっさん。
うーん、俺の中でのおっさんの象徴、髭、オールバック、シワを絶妙に装備したおっさんだな。
ハードボイルドっぽくしてるが着ているワイシャツやらオールバックやらがちょいちょいだらしないせいで台無しだ。
俺のおっさん観察は僅か10秒で終了し、視線をそらす。
やっぱり見るなら可愛い女の子の方がいい。うんうん、かわいい。
前世のまま女だったら、むしろこのおっさんを凝視してただろう。
だがいまは男だからかそんな気は全く起こらない。見ててもちっとも嬉しくないのだ。
不思議なもんだな…。
「って、おいおい。冷たいなぁ。一応は命の恩人だぞ?」
わずか十秒で顔を背けられて、とても大袈裟に肩を落とすおっさん。
…ん?ちょっと待て?命の恩人…?
おっさんの態度にはあまり興味はなかったが、言動には気を引かれ視線を戻した。
なんか嬉しそうなおっさんの顔がそこにある。いや、別におっさん自身に興味ある訳じゃねーぞ??
…そういえばこのおっさん、俺がこの世界ではじめて口を利いたまともな…いや、生きた大人だ。
それも今一番俺の現状を知るであろう人。
それが目の前にいるおっさん。
あまりおっさんと連呼するのもどうかと思うが、おっさんだから仕方がない。
冷静に考えると、おっさんに聞きたいことが山ほど出てくる。
ゾンビのこと、ここがどこで、どういう国なのか。
それがわかればこの世界についてもっと理解できるはずだ!
俺がタイムトラベルでもして未来に来たのか、それともゾンビが徘徊しているのが当たり前な別の世界なのか…。
ここはどこで、どんな法律があって、世界概念はどうなっているのか。
特に通貨や数字の概念は重要だ。前世と全く同じ計算方法が通用するのか、数の数え方が違うと1から覚え直さないといけない。
それにゾンビのことも謎だらけだ。
なぜゾンビが徘徊しているのか、駆除はされているのか、ワクチンとかゾンビになった人を直す手段はあるのか、戦う手段は…。
とにかく聞きたいことが山ほどありすぎてまとめきれねぇ!!
俺が悩んでいることが伝わったのかおっさんは掌を軽くこちらに向けた。
まるで子犬に待て、とでも躾ているようである。
「まぁ落ち着け。聞きたいことがあるのはわかるが、まずは坊主の名前を教えてくれねぇか。いつまでも坊主のままじゃ嫌だろ?」
くしゃりと笑う顔は、なんの根拠もなく安心させてくれた。喉まででかかった言葉をおさえ、一度深呼吸した。
そうだ、いきなり質問責めにしたところで俺が理解できるわけがない。
まずは名乗らなければ始まらない。挨拶は基本中の基本だしな!
....ん、名乗る?
ちょっと待て、俺の名前って……なんだ!?