序章2 不可解なことばかり
あまりの痛みで踞ってしまったが、漸く立ち上がることができた。
そのお陰もあって少しだけ冷静になれたしな。
うん。これは間違いなく男の体だ。それも子供だ。
おかしい。俺は確かに女……。
っえ、俺?
何で自然と一人称が俺になったんだ??
あまりにナチュラルすぎて一瞬気がつかなかった。
それくらい、なぜか定着している。
そしてもうひとつ疑問が湧く。俺は一応成人してたはずだ。
つまり体格は大人のはず。子供のわけがない。そして、死んだはずだ。
これはつまり、あれか。生き返ったとか、魂だけ別の人に憑依したとか、そういう類いの話なのだろうか?
生き返ったにしては性別も体型も変わっているから違うか。
となると生まれ変わり?
にしては赤ん坊じゃねーよなぁ...。
服だって、着ている。さすがに真っ裸ではない。
赤いTシャツにジーパンという、いたって普通の格好だ。
だがいつ着たかも覚えてない。
何がどうなっているかさっぱりだ!!
と半ば思考放棄しかけたその時…。
強烈な異臭が突然、俺の鼻腔を襲った。
何に例えることも出来ない、息をするのも嫌になるほどの異臭が辺りに立ち込める。
とっさに鼻を覆ったが臭いが消えることはない。
すごく気持ち悪いし吐きそうになる。
なんだよこれ…言葉にしがたい臭いだ…。
臭いの出所はどこだ?
顔をしかめて辺りを見渡すと、木々の暗がりから人影のような物がみえた。
俺が意識を取り戻しはじめて出会った人らしき生物!
「あ、あのっ!!」
この状況で人に会えた喜びで飛び上がりそうになる。
よかった、これで助けを借りられる!
すがりたい気持ちもあり、一歩人影らしき物へと足を踏み出したが、それ以上は近づくことができなかった。
本能が叫んでいたからだ。
こいつに、近づいてはいけないと。
そして奇妙なことに、その人影は明らかに異様な音をたてていたか。
ネチャリと、粘液っぽいものが擦れるような音。
普通に人間が歩いたところで、そんな音は出せない。というより人間が出せる音じゃないような気がするくらい、気持ちの悪い音だった。
でも俺は、似たような音を聴いたことがある。
あれはいつだったか。昔にサボテンを育ててたことがあったんだ。
けど、水のやりすぎで腐らせてしまった。茶色く変色したサボテンを袋にいれて捨てようとして、地面に落っことしたのだが、ぐちゃりと嫌な音をたてたのを覚えている。
いま目の前にいる人影も、そんな音をたてている。
途端に得たいの知れない恐怖が襲った。
これは、ヤバイかもしれない。
辺りを漂う異臭に異音。声をかけたのに返事はなく、こちらを見つめているように佇む人影。
そして何より変だと感じたのは、その人影が暗がりから一歩も出てこないことだ。
これはもしや…不審者か!?
顔を見られては困るからこちらに来ないだけで、後ろ手に武器を隠し持っている変質者か殺人鬼なんじゃねーか??
そう思うと、とてつもなく怖いなってきた 。
お化けなんかより生きてる人間の方がよっぽど怖いとはよく言うものだ。めちゃくちゃ怖いぞ!
こんな子供の体で、大人相手に勝てるわけがない!
…だが、いくら警戒しても相手は暗がりから出てこない。声をかけることも、その場を去ることもない。
おかしい、子供相手にそこまで警戒するものか?なんて思う余裕もない。
とにかく恐怖で体が動かせない。蛇ににらまれたカエル状態だ。
さらに数分が経過したが、やはり目の前の不審者(?)はこちらに近づいてこない。
変わりに、う、う、と唸る声だけあげていた。
なんだか変な沈黙だ…謎の人物VS俺のにらめっこ大会だ。
正直嬉しくないゲームなので、そろそろ耐えかねていたとき、辺りを風が吹き抜けた。
木を燃やしていた残り火が風に靡き、火の明かりが揺らめく。
さっきまで暗がりだった目の前が、少しだけ、本当に一瞬だけ明かりが届いたのだ。
…………え?
一瞬だけみえたその人影。赤黒く爛れた肌。そして、体の粘液が垂れ流されたようなテカり。
その姿は生きている人間ではなかった。
…けど、すごく見覚えがある姿だ。
シューティングゲームではお馴染みの、人が腐敗しているにも関わらず動いているあれ。
そう、こいつは…ゾンビだっ!!