Act.1-02
「っと、空きっ腹に飲むのは良くねえな。ちょっとつまみ探すか」
ようやく落ち着くかと思いきや、充はよく動く。
(そういえばこいつ、これで美味いメシをよく作るんだよな)
充専用の戸棚を漁っている充の背中を凝視しつつ、朋也は思った。
料理なんてまともに出来ない朋也とは対照的に、充は休みの日はまめに料理をしている。
ただ、仕事のある日は疲れが勝ってしまい、作る気力が湧かないとよく零している。
実際、先ほどもピザをデリバリーしたぐらいだ。
ただ、朋也だったら、休みであろうとも料理なんて面倒だから、レトルトを温めるか、インスタントラーメンを茹でるぐらいで済ませてしまう。
「とりあえず、こいつを胃に突っ込んどけ」
前触れもなく朋也に投げ付けてきたのは、個別包装された一口サイズのサラミだった。
朋也は驚きつつ、それでもしっかりキャッチする。
料理はダメでも反射神経だけは自身がある。
「さっすが高沢君。ナイスキャッチ!」
親指を立てながらニヤリと笑う充に、「茶化すな」と吐き付け、朋也はおもむろにサラミの袋を開けた。
「別に茶化しちゃいねえんだけどねえ」
充はあたりめを手に戻ってくる。
そして、やはり食べやすいように袋を全開し、テーブルの中心にそれを置いた。
「そんじゃ、ピザが届くまでまずは乾杯するぞー!」
充はビール缶を持って、それを朋也に近付ける。
朋也は面倒臭いと思いつつ、つまみだけでなく、実はビールも充がストックしていたものだと気付き、少し慌てて缶を手に取った。
(スポンサーには逆らねえよな、さすがに)
充は細かいことを気にしない性格だが、それでも、気を遣うべきところは遣わないと、と朋也は思う。
〈親しき中にも礼儀あり〉、もしくは、〈持ちつ持たれつ〉とも言うべきか。
「今日もお疲れさん」
充の言葉を合図に、互いの缶がカツンとぶつかり合う。
そのまま喉に流し込むと、ほど良く冷えた苦みがゆっくりと染み渡ってゆく。
「ああ、うめえ。これぞ大人の醍醐味だよなあ」
オヤジ臭さ全開な充を傍観しながら、朋也はビールを啜り続ける。
気持ちは分からなくないが、さすがに充のように堂々とオヤジに変貌出来ない。
この辺は、充曰く、『青臭い』ということらしいが。
(青臭いと言われようが、俺はまだまだ中年オヤジになんてなんねえぞ)
ビールを半分ほど飲んでから、朋也はサラミに手を伸ばし、包装を開けて噛み締めた。
「そうそう」
食べかけのあたりめを手に持ったままで、充が身を乗り出してくる。
満面の笑みを浮かべているのが何故か怖い。
「――なんだよ?」
警戒心を露わにして朋也が訊くと、充はさらにニンマリと笑いながら、「さっきの手紙の子」と言葉を紡いだ。
「ほんと高沢とどういう関係? その子から手紙が届くと、お前、妙にそわそわしてるよな?」
「別にただの幼なじみだよ。てか、そんなにそわそわしてねえし」
「いやあ、違うな。高沢は動揺してるのを隠そうとしてっけど、俺にはぜーんぶお見通しよ?」
「――気色わりいな……」
「なに言ってんだ? お前が分かりやす過ぎるんだろうが。こっちが詮索するまでもなく、ぜーんぶ顔に出ちまってるんだぜ?」
そこまで言うと、充は残ったあたりめを全て口に放り込み、咀嚼した。
そして、さらにビールでそれを流し込んでゆく。
「――そんなに、俺って分かりやすい……?」
ビールから口を離したタイミングで恐る恐る訊ねると、充は、「分かりやすいねえ」と口の端を上げながら続けた。
「お前は必死で思ってることを隠そうとしてるけど、隠そうとすればするほどドツボに嵌ってる。まあ、そういう素直さが可愛い、とか言ってる女子がいるのも確かだけどさ」
「――可愛い、って言われてもちっとも嬉しくねえよ……」
「だから、俺じゃなくて女子だって。そう言ってんのは」
「んなもん分かってら」
朋也は半ばヤケクソになりながらビールをグイと呷る。
「けど、そいつらに俺の何が分かるってんだ? お前にしろ、ただ面白がってるだけだろ? 紫織のことはデリケートなことなんだ。いちいち詮索されて堪るか!」
言いきったのと同時に、朋也は空になった缶をグシャリと潰した。
それはテーブルの上に戻されたが、惨めな姿に変貌させられた缶は、辛うじて立っているものの、今にも崩れ落ちそうなほどの脆さを感じさせる。
と、その時だった。
部屋に備え付けられている内線電話が鳴り響いた。
「おっ、ピザ来たんだな?」
憂鬱になっている朋也とは対照的に、充は嬉々として腰を上げ、受話器を取る。
「あ、はい。わっかりましたー! すぐ行きまーす!」
異様なまでのテンションで応対した充は、受話器を置いて朋也の方を振り返った。
「そんじゃ、俺はピザ取って来るから。高沢君はゆっくりしてなさいな」
財布を持ちながら朋也に挨拶する充が気色悪い。
わざとなのは分かっているが、それでも、女言葉を使われるのはあまりいい気分になれない。
とはいえ、また金を払わせてしまう手前、邪険には扱えない。
「戻ったら俺も払うから」
充が出ていく間際、朋也は告げた。
充はわずかに目を見開き、けれどもすぐに笑顔を取り戻した。
「次にお願いするわ」
また、わざとオカマのような口調で返してきた充は、今度こそ部屋を出た。
「しょうがねえ奴……」
朋也はドアを睨んだまま、溜め息と同時に苦笑いした。