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春風 ~四季の想い・第二幕~  作者: 雪原歌乃
第二話 甘く苦い恋の味
8/48

Act.1-02

「っと、空きっ腹に飲むのは良くねえな。ちょっとつまみ探すか」


 ようやく落ち着くかと思いきや、充はよく動く。


(そういえばこいつ、これで美味いメシをよく作るんだよな)


 充専用の戸棚を漁っている充の背中を凝視しつつ、朋也は思った。


 料理なんてまともに出来ない朋也とは対照的に、充は休みの日はまめに料理をしている。

 ただ、仕事のある日は疲れが勝ってしまい、作る気力が湧かないとよく零している。

 実際、先ほどもピザをデリバリーしたぐらいだ。

 ただ、朋也だったら、休みであろうとも料理なんて面倒だから、レトルトを温めるか、インスタントラーメンを茹でるぐらいで済ませてしまう。


「とりあえず、こいつを胃に突っ込んどけ」


 前触れもなく朋也に投げ付けてきたのは、個別包装された一口サイズのサラミだった。


 朋也は驚きつつ、それでもしっかりキャッチする。

 料理はダメでも反射神経だけは自身がある。


「さっすが高沢君。ナイスキャッチ!」


 親指を立てながらニヤリと笑う充に、「茶化すな」と吐き付け、朋也はおもむろにサラミの袋を開けた。


「別に茶化しちゃいねえんだけどねえ」


 充はあたりめを手に戻ってくる。

 そして、やはり食べやすいように袋を全開し、テーブルの中心にそれを置いた。


「そんじゃ、ピザが届くまでまずは乾杯するぞー!」


 充はビール缶を持って、それを朋也に近付ける。


 朋也は面倒臭いと思いつつ、つまみだけでなく、実はビールも充がストックしていたものだと気付き、少し慌てて缶を手に取った。


(スポンサーには逆らねえよな、さすがに)


 充は細かいことを気にしない性格だが、それでも、気を遣うべきところは遣わないと、と朋也は思う。

 〈親しき中にも礼儀あり〉、もしくは、〈持ちつ持たれつ〉とも言うべきか。


「今日もお疲れさん」


 充の言葉を合図に、互いの缶がカツンとぶつかり合う。

 そのまま喉に流し込むと、ほど良く冷えた苦みがゆっくりと染み渡ってゆく。


「ああ、うめえ。これぞ大人の醍醐味だよなあ」


 オヤジ臭さ全開な充を傍観しながら、朋也はビールを啜り続ける。

 気持ちは分からなくないが、さすがに充のように堂々とオヤジに変貌出来ない。

 この辺は、充曰く、『青臭い』ということらしいが。


(青臭いと言われようが、俺はまだまだ中年オヤジになんてなんねえぞ)


 ビールを半分ほど飲んでから、朋也はサラミに手を伸ばし、包装を開けて噛み締めた。


「そうそう」


 食べかけのあたりめを手に持ったままで、充が身を乗り出してくる。

 満面の笑みを浮かべているのが何故か怖い。


「――なんだよ?」


 警戒心を露わにして朋也が訊くと、充はさらにニンマリと笑いながら、「さっきの手紙の子」と言葉を紡いだ。


「ほんと高沢とどういう関係? その子から手紙が届くと、お前、妙にそわそわしてるよな?」


「別にただの幼なじみだよ。てか、そんなにそわそわしてねえし」


「いやあ、違うな。高沢は動揺してるのを隠そうとしてっけど、俺にはぜーんぶお見通しよ?」


「――気色わりいな……」


「なに言ってんだ? お前が分かりやす過ぎるんだろうが。こっちが詮索するまでもなく、ぜーんぶ顔に出ちまってるんだぜ?」


 そこまで言うと、充は残ったあたりめを全て口に放り込み、咀嚼した。

 そして、さらにビールでそれを流し込んでゆく。


「――そんなに、俺って分かりやすい……?」


 ビールから口を離したタイミングで恐る恐る訊ねると、充は、「分かりやすいねえ」と口の端を上げながら続けた。


「お前は必死で思ってることを隠そうとしてるけど、隠そうとすればするほどドツボに嵌ってる。まあ、そういう素直さが可愛い、とか言ってる女子がいるのも確かだけどさ」


「――可愛い、って言われてもちっとも嬉しくねえよ……」


「だから、俺じゃなくて女子だって。そう言ってんのは」


「んなもん分かってら」


 朋也は半ばヤケクソになりながらビールをグイと呷る。


「けど、そいつらに俺の何が分かるってんだ? お前にしろ、ただ面白がってるだけだろ? 紫織のことはデリケートなことなんだ。いちいち詮索されて堪るか!」


 言いきったのと同時に、朋也は空になった缶をグシャリと潰した。

 それはテーブルの上に戻されたが、惨めな姿に変貌させられた缶は、辛うじて立っているものの、今にも崩れ落ちそうなほどの脆さを感じさせる。


 と、その時だった。

 部屋に備え付けられている内線電話が鳴り響いた。


「おっ、ピザ来たんだな?」


 憂鬱になっている朋也とは対照的に、充は嬉々として腰を上げ、受話器を取る。


「あ、はい。わっかりましたー! すぐ行きまーす!」


 異様なまでのテンションで応対した充は、受話器を置いて朋也の方を振り返った。


「そんじゃ、俺はピザ取って来るから。高沢君はゆっくりしてなさいな」


 財布を持ちながら朋也に挨拶する充が気色悪い。

 わざとなのは分かっているが、それでも、女言葉を使われるのはあまりいい気分になれない。

 とはいえ、また金を払わせてしまう手前、邪険には扱えない。


「戻ったら俺も払うから」


 充が出ていく間際、朋也は告げた。


 充はわずかに目を見開き、けれどもすぐに笑顔を取り戻した。


「次にお願いするわ」


 また、わざとオカマのような口調で返してきた充は、今度こそ部屋を出た。


「しょうがねえ奴……」


 朋也はドアを睨んだまま、溜め息と同時に苦笑いした。

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