Act.1-02
「――主任、なんか言ってました……?」
おずおずと訊ねてみると、夕純は、「そうじゃないけど」と言葉を紡いだ。
「あの人、表立って優しさを見せないのよ。昔っからそう。だからいつも損しちゃう。根はすっごくいい人なんだけどねえ」
「――いい人がこんなに人をこき使うんですか……?」
つい、憎まれ口を叩いてしまった。
言ってしまってから、しまった、と思ったが、夕純はむしろ愉快そうにケラケラ笑った。
「そこなのよ。気になってしょうがないけど、どうやって声をかけたらいいか分かんないから、わざとそうやって仕事を頼むの。ほんとは彼、そんなことは自分で全部やるつもりだったのよ。ほんとに、もうちょっと素直になれば可愛げがあるのに……。ま、私も人のことは言えないけどね」
そこまで言うと、夕純は微苦笑を浮かべながら肩を竦めた。
「ちょっとめんどくさいかもだけど、嫌わないでやってちょうだいな。何度も言うけど、あれでもいい人なのよ?」
夕純と主任は同期だと聞いたことがあるが、それにしても、ずいぶんと主任を擁護する。
もしかしたら、主任に対して特別な感情でも抱いているのだろうか、などと思ったが、改めて訊くことも出来ない。
「で、ほんとに大丈夫?」
夕純がまた、涼香に訊ねてくる。
『大丈夫』と言ったのに、全く信用されていない。
いや、本当は大丈夫と言いきれないのだが。
もしかしたら、夕純は全てお見通しなのかもしれない。
(この際、ちょっとでも話を聞いてもらおう、かな……?)
涼香は少しばかり考え、「あの」と意を決して切り出した。
「私、とてもヤな女だと思われたかもしれません……」
夕純は首を傾げながら、真っ直ぐに涼香に視線を注ぐ。
「誰に?」
「えっと……」
いざとなったら、やはり口籠ってしまう。
とはいえ、口火を切ってしまった以上、今さら言ったことを取り消せるはずがない。
「なんてゆうか、その……、男友達に、です……」
涼香の言葉に、夕純が目を見開いた。
「涼香、男の子の友達なんていたの?」
「ええ、まあ……」
「ふうん……」
夕純は顎の辺りに手を添え、さらに穴が開くほど涼香を見つめる。
涼香の深層心理を探ろうとしているのが、ありありと伝わってくる。
気まずい沈黙が流れる。
やはり、言うべきではなかっただろうか。
しかも今、夕純とふたりきりとはいえ、ここは職場だ。
そもそも、プライベートな問題を持ち込む場所ではない。
「――すいません……」
耐えられなくなり、とうとう涼香から謝罪してしまった。
「別に謝ることなんてないけど」
夕純は微苦笑を浮かべ、続けた。
「なんにしても、ここでゆっくり話せることじゃないわね。良かったら、仕事が終わってからでも相談に乗るわよ?」
「え、でも……」
「いいから」
涼香が言いかけた言葉を、やんわりと、けれども強い口調で夕純はシャットアウトした。
「やっぱ心配だもの。高遠君じゃ話しづらいけど、私ならいいんじゃない? 同じ女なんだから、ね?」
「はあ……」
半ば、強引に決められてしまった。
だが、夕純がきっかけを作ってくれたことにホッとしたのも本音だった。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「甘えてちょうだい」
夕純は嬉しそうに、ニッコリと頷いた。