Act.2-02
(今はちょうどご飯時かな? もしかしたら、彼と一緒かもね)
紫織が大好きな〈彼〉と過ごしている姿を想像し、無意識に口元が綻ぶ。
紫織は高校卒業と同時に長い長い片想いを実らせ、今、幸せの絶頂にいる。
まだ、本当のゴールインまでには至っていないが。
(けど、いつ結婚してもおかしくないよね)
一杯目のビールを飲みきった時、涼香の前にビール瓶の先が突き出されてきた。
「次頼むから飲んじゃって」
夕純に半ば強引に促され、涼香は「どうも」と軽く会釈してお酌してもらった。
だが、さすがに中身を空には出来ず、中途半端な状態で瓶の中にビールが残った。
「酔っ払った?」
唐突に訊かれ、涼香はコップを口に付けた状態のままで夕純に視線を注いだ。
夕純はビール瓶をテーブルに置くと、頬杖を突いて涼香をジッと見据える。
「さっきから、表情がコロコロ変わってたから。怖い顔してたかと思ったら、急にニヤッとしたり」
「――そんなに変わってました、私……?」
「うん。まあ、こっちは見てて面白かったけどね」
夕純はケラケラ笑いながら、残ったビールを自分のコップに最後の一滴まで入れた。
「山辺さんって不思議よね。いや、私も周りからはそう思われてるけど。でも、だからかな? 山辺さんから私と同じ空気を感じる」
「唐沢さんと、私が、ですか……?」
「もしかして、私と似てるってイヤだった?」
「あ、いえ……」
口籠った涼香に、夕純は「いいのいいの!」とさらに笑い声を上げながら続けた。
「私は男女問わず嫌われ者だからね。どう思われてようが気にしないわ」
「――すみません……」
「謝る必要もないわよ」
夕純はビールで口を湿らせ、訥々と語り始めた。
「謝んなきゃなんないのは私の方なんだし。ちょっと強引に誘って断りづらかったと思う。でも、山辺さんとふたりで飲みたかったっていうのはほんと。山辺さんって、他の女子と違って相手によって態度をコロコロ変えることがないでしょ? そういうトコ、私は凄く好きなのよ」
「ああ、それは確かに。媚びる女って昔から嫌いですから」
「やっぱりねえ。うん、山辺さんとは気が合いそうだ」
夕純が嬉しそうに頷いているところへ、女将が注文した料理を運んできた。
玉子焼きにモツの煮込みにポテトサラダ。
さらに頼んでいないはずなのに、小鉢に入ったワラビの煮物もそれぞれの前に置かれた。
「これはサービス。昨日、ウチの人が山で採ってきたのを煮付けたんだけど良かったら食べてみて」
言いながら、女将はちょっと口元を緩める。
不愛想なのかと思ったが、人並みに笑うことが出来るんだな、と涼香は女将を眺めながら思った。
「じゃ、ごゆっくり」
空になったビール瓶を持ち、すぐに立ち去ろうとした女将を、夕純が「あ!」と引き止める。
「ビール追加お願い出来ます? それと冷酒も」
「はいよ」
また、愛想のない返事をすると、女将はカウンターへ向かい、それからすぐに追加の瓶ビールと徳利をそれぞれ二本ずつ、さらに猪口もふたつ持ってきた。
やはり、ふたりの前で栓を抜いてビールを注いでくれる。
他のお客にも同じようにしていたから、女将にとってはごく自然の行為なのだろう。
愛想はなくても、嫌々やっているという感じでもない。
「ごゆっくり」
今度はさすがに呼び止める理由もなかったから、そのまま女将の背中を見送った。
「それじゃ、またかんぱーい」
夕純に言われるがまま、涼香はコップを持ち上げてぶつける。
酒を嗜む前は、おめでたい席で以外はするものじゃないと思っていたが、飲むようになってからは、乾杯は親交を深める儀式のひとつなのかもしれない、と悟ってきた。
ただ、ベロンベロンに酔っ払った人間に、絡むように何度も乾杯を求められるのは迷惑としか言いようがないが。
それにしても、夕純はよく食べるし飲む。
涼香も飲む方だと自覚しているが、もしかしたら、夕純の方が強いのではと思った。
(ちっちゃい身体してんのに……)
涼香はコップに口を付けたままで、しばらく夕純を観察する。
と、夕純が涼香の視線に気付き、不思議そうに見つめ返してきた。
「どうしたの?」
「あ、いえ。お酒強いんだなあ、って思って」
つい、馬鹿正直に言ってしまった。
涼香は、しまった、と後悔したがもう遅い。
一方、夕純は目を丸くして涼香に視線を注いでいたが、やがて、「あはは!」と大口開けて笑った。
「やだ、ビックリしちゃったのね! でも、そんなに飲んでないわよ。まだまだ序の口も序の口よ?」
「そ、そうですよね……」
同意しつつも、実はすでに追加の二本のビール瓶も冷酒の瓶も空になり、さらに追加を頼んで持ってきてもらったところだった。
だが、それもハイペースで飲んでゆくから、また追加を頼みそうな勢いだ。
「山辺さんも遠慮しないで。私に合わせないで好きなものを頼みなさい」
そう言ってきてくれたものの、涼香はビールが一番好きだから、それだけでも充分満足だった。
とはいえ、思ったことを素直に告げても、この調子だと遠慮していると勘違いされそうだ。
「もうちょっとしたら別なものを頼みますので」
涼香が言うと、夕純は「よろしい」と満足げに何度も頷いた。