Act.3-01
涼香に連れて来られたのは、大通りから脇道に入った場所にあるパスタ専門店だった。
店構えを見るとちょっと敷居が高そうで、とてもひとりでは入れなさそうな雰囲気がある。
「ここ、意外とリーズナブルで美味しいのよ」
涼香は嬉しそうに言いながら、店の扉を開く。
朋也も続いて入ると、チーズの濃厚な香りを感じた。
さすがはパスタ専門店、と単純なことを真っ先に思った。
店内は予想はしていたが、女性客で占められている。
男も多少はいたものの、決まって女性と一緒だ。
ふたり一組で席に着いているから、恐らくカップルなのだろう。
(つうか、俺らってどんな風に見られてるんだろ……)
そんなことを考えている朋也をよそに、涼香は慣れた様子で空いた席を見付けて朋也を促す。
わりと奥に面した場所だ。
席に落ち着いたタイミングで、店のロゴ入りのエプロンを身に着けた女性店員が、水の入ったグラスとメニューを持ってきた。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい」
そう言い残し、女性店員は一度席を離れる。
「はい、どうぞ」
涼香は早速、メニューを広げた。
入り口前で言っていた通り、確かに思ったより値段はどれも手頃だ。
「平日はランチもやってるから。パスタは日替わりになるから選べないけど、こっちの方がお得よ。サラダもデザートもドリンクも付くしね」
そう勧められたので、ランチメニューに注目してみた。
今日の日替わりパスタは、どうやら鮭とキノコの和風スパゲッティらしい。
「この鮭とキノコのやつって美味いの?」
朋也が訊ねると、涼香は、「美味しいわよ」と首を縦に振りながら断言した。
「醤油ベースであっさりしてるから、結構食べやすいしね。あと、普通に単品になるけど、イカスミもお勧めよ。でも、これって食べると口の中が真っ黒けになるのよね」
「だろうな」
朋也もイカスミは嫌いじゃない。
だが、涼香が特に推すランチに気持ちが傾いていたから、素直にランチを頼むことに決めた。
「じゃ、私もランチにしちゃお。ま、ここ入る時からランチにする気だったんだけどね」
また、ケラケラと楽しそうに笑う。
意外といっては失礼かもしれないが、本当に表情豊かだ。
近くを通りかかった従業員を呼び止めた涼香がランチを二人前注文してから、涼香は「良かった」と口にする。
「高沢君、元気そうにやってたみたいだから。正直言うと、ずっとどうしてるか気になってたのよね」
「どうして?」
「何となく」
「ふうん……」
紫織ならともかく、何故、それほど親しくもない自分を気にかけるのか。
朋也は当然、分かるはずがない。
そもそも、朋也は涼香に声をかけられるまで、涼香の存在自体をすっかり忘れていたほどだ。
「紫織とは逢ったりしてんの?」
どうにか会話をしようと、紫織のことを話題に出す。
「たまにね」
朋也の質問を受けた涼香は、水で口を湿らせてから続けた。
「携帯番号も交換し合ってるから、逢わない時は電話とかメールもするわね。あとは手紙。特にあの子は筆まめだから、よく手紙をくれるわよ」
「ああ、分かる気がする」
「高沢君トコにも、紫織から手紙届く?」
「うん。実は昨日も寮に届いてた」
「そっか。ひとりで頑張ってる高沢君をあの子なりに案じてるのかもね」
「どうだかね」
「そうよ。あの子にとっては、高沢君も大切な存在だもの」
そこまで言うと、会話が途切れた。
と、何となく涼香の表情を覗ってみたら、ほんの少し翳りが差したように感じた。
だが、それは一瞬のことで、朋也と視線が合うと、ニコリと微笑んできた。