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家のなかのこどく  作者: くろとかげ
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2章『父に呪いを―その5』

 境内のトイレで、顔の小麦粉を落とす弥生。それから二人は近くにあるベンチに腰を下ろした。

「それで、弥生はこんな朝早くから何をしていたの?」

 弥生は返答に声を詰まらせた。丑の刻参りをやってました、なんていえるわけがない。

「あら。あなたらしくないわね。どうせ見られたんだから、この際、全部正直に丑の刻参りをやっていましたと答えればいいじゃない」

 と、牧野にいわれる。まるで母親に説教でもされているかのようだ、と弥生は思った。

「私が気になっているのは、どうして、夜明けまえ(・・・・・)にそれをやっていたのか、ということよ」

「牧野さん知らないの? 丑の刻参りは丑三つ時、つまり五時に行うもんなのよ」

 得意になった口振りで弥生は返す。

 草木も眠る丑三つ時。弥生はそれが朝の五時であると信じて止まなかった。

 丑三つ時。丑の字が干支(えと)の、()(うし)(とら)()(たつ)()……の丑からきていることは知っていた。干支の順番で数えると、丑は二番目。

 あとに続く三つ時を、それに足した。

 つまり丑が二で、三つ時が三。二と三を足した数字――だから丑三つ時は、朝の五時。

 弥生の説明を黙って聞いていた牧野は、弥生に呆れ肩を竦めさせた。あなたって本当に頭が悪いのね、といいたげな顔だ。

「丑三つ時ってのはね、丑の刻を四つに分けた第三番目に当たる時刻。つまり二時から三時のことをいうのよ」

「丑の刻を四つに分けた? あの、もう少し詳しく丁寧な説明を」

「あなたって本当に頭が悪いのね」牧野は真顔だ。「それに、その汚らしい人形は何よ? 草で作っているの」

「…………」弥生は恥ずかしさを覚えた。やはり草で作るのはいけなかったのか。

「どうして丑の刻参りに、藁で作った人形を使うか、説明してあげましょうか。

 藁にはね、稲霊(いなだま)といって縁を切る力が強く籠もっているからなのよ。それが呪いの効果を高めているわけなのね。だから藁人形が必要なの。何でもいいから人形さえ作ればいい、そう考えちゃいけないのよ」

「それじゃあ、私がやった丑の刻参りに、効果なんて……」

「ないわね」

 キッパリといわれて、弥生はショックを受けた。

「必死に誰にも見つからないよう頑張って、家からここまで来たのに。体力の限界まで人形に釘を打っていたのにぃぃ」

 これまでの記憶が走馬燈のように、頭の中を駆け巡る。

 私の頑張りは、なんだったのか。

 なんだったのかー!

 脳内で自問する言葉に、エコーがかかる。

 頭を抱え項垂れる弥生。見ていた牧野は、やれやれと首を左右に振った。

「仕方がないわね。一つ、教えてあげるわ。呪いをかける方法」

「え?」

「そうすれば、苦労して神社(ここ)まで来た甲斐があるようになるでしょ?」

 牧野はニヤリと怪しい笑みを浮かべた。


   ***


 家に戻った弥生。彼女は持ち出した小麦粉、それからトンカチと釘をもとの場所に戻し、何事もなかったかのように姉妹部屋へ入っていった。

 姿見に映った弥生の顔は、眉を吊り上げ、頬を少し膨らませた不機嫌なものだった。白装束として着用していたワンピースから部屋着に替えて、ベッドにどかっと腰を落とした。

 時刻は六時半を回っていた。

「あんなことをいっておいて、教えてくれたのがヒントだけ?  そりゃないでしょ。あの人、性格悪いわね」

 呪いの法を教えるといった牧野だったが、結局彼女は弥生に具体的なことを教えなかった。

 牧野はあれほど弥生に期待を持たせたあと、

「やっぱり全部教えるのは止めにしたわ」といったのだ。

 この衝撃的な発言に、弥生は口をパクパクとさせるばかりで声を出せずにいた。

「大丈夫よ。少しずつ、その呪術を教えてあげるから。そうね、まずは強い生命力を持った子が、あなたの近くにいるはずだから――」

 牧野はゆっくりと聞かせるように話し、一度ここで言葉を句切った。

「その子がなんであるのかに気づけたら、捕まえて。使用方法を教えるわ」

 いいたいことを好きなだけいうと、牧野は呆然とする弥生を残して神社を去った。

「生命力のある子って何よ。しかも私の近くにいるって」

 布団の上で文句を並べながらも、牧野の言葉の意味を弥生は腕を組んで考えた。

 自分の周りにずっといるものを順々に頭に思い浮かべていく。

 小春、一生。それから牧野。母。引っ越し業者。

「でも、捕まえたそれを使うわけなんだから、人間じゃないのかも」

 頭を抱えて、再び候補を挙げていく、

「あ」

 これだと思えるものが浮かんだ。

 蜘蛛。この字が頭の中で大きく浮かび上がっている。記憶を思い起こしてみれば、この家に来た時から、私は蜘蛛の連続だ。

 更に思い出す。初めて牧野に会った時、あの女の人は自分にこういったのだ。


「あなた、蜘蛛に好かれているから」


 これはもう蜘蛛で決定でしょ。弥生は確信を得た。

「でも、どの蜘蛛を、どうやって捕まえるかだよね」

 問題なのは、この地域には蜘蛛が沢山いるらしい。その中から牧野のいう、強い生命力を持った子を選び、捕まえなくてはいけないのだ。難易度が高すぎる。

 その時、ベッドの柵の上を動くハエトリグモを弥生は見つけた。手を伸ばし、それをいともたやすく捕らえることができた。

「蜘蛛は蜘蛛でも、こいつは違うだろうな」ハエトリグモが強い生命力を持っているとは思えない。立ち上がった弥生は部屋の窓を開けてそこから蜘蛛をぽいっと投げた。

「あれ? 起きてる」

 同時に、眠たげな声を弥生は聞いた。

「あ。小春、おはよう」

 二段ベッドで上半身を起こした小春は、自分より早起きをしている姉に驚いた様子だ。

「天変地異の前触れかしら? お姉ちゃんが早起きしたことで地球が粉々にならなければいいけど」

「あははは。小春は想像力豊かだねえ」

「ふん」

 小春はベッドから下り、部屋を出て行った。

 弥生も少しだけ遅れて続いた。

 二人で一階のリビングへ入る。

「小春、弥生、おはよう。今日は早起きだね」

 キッチンで朝食を作っていた一生が、爽やかにいう。

 テーブルに着いた弥生は父親を横目で睨んだ。呪いにかかって死ぬ気配はなさそうである。

 やはり牧野がいったとおり、丑の刻参りは失敗に終わったのだと察した。

 だが弥生に落胆はない。

 もうじき、市松一生は別の呪いにかかって死ぬのだ。牧野がこれから教えてくれる呪いがどんなものなのかは、まだ想像さえつかないけれど、きっと恐ろしいものに違いない。

 一生は苦しみで胸を押さえ、泡を吹きながら倒れる。診てもらった医者からは、原因不明だって(さじ)を投げられるんだ。もちろん解決策は見つからない。彼は苦しみ、白目を剥いて、じわじわと、くたばるの。

 想像力を働かせ、弥生は脳裏に浮かんだリアルな光景を楽しむ。

 弥生は愉快な気分になった。

「お姉ちゃん、お願いだから気持ち悪く笑わないで」

「え? ああ。ごめんごめん」


   ***


 弥生が朝食を完食し、うだうだと時間を潰していると、いつの間にか一生はリビングからいなくなっていた。どうやら仕事に出て行ったのだろう。

 小春と二人っきりになれて機嫌上々となる弥生。が、長続きはしなかった。しばらくして小春も外出するのだという。

「友達宛に手紙を書いたから、それを出しに行ってくる」

「……え。まだ八時まえだよ」

「じゃ、行ってきます」

 よほど早くに手紙を投函したいのか。目的を伝えた小春は、そそくさと家を出た。

 何度目だろう。弥生はまた家で一人きりとなる。

 しかし落ち込まない。寂しいと感じている暇を弥生は持たなかった。むしろ一人の時を利用することにした。

 二階の隠し部屋で、再び呪い指南本に目を通すことにした。

 牧野が教えようとしている呪いについてを、探すのだ。

 せめて牧野がヒントとして口にしていた強い生命力を持った子、この意味を理解する必要があった。

 時間はいくらあっても足りない。弥生は階段を上がり、姉妹部屋を通って隠し部屋へと入った。

 中で、弥生は妙な違和感を抱いた。それは一瞬、あれっ、と思った程度の本当に小さな感覚であった。あれっと思ったその箇所に目を凝らす。

 床に乱雑に置いた本が、二冊だけ。

 数が足りていない。

「って、私が一冊、自分で持ち出していたんだったわ」

 弥生は笑って、違和感を初めからなかったかのように忘れ、座り込んだ。近くにあった本を取る。前回と同じように、パラパラとめくって自分に必要な情報を探す。

 強い生命力を持った。

 それを呪いの道具として使う。

 この二つをキーワードに絞って、何か見つからないものかと流し読みをする。

 本を広げることにも、慣れたものだと自己満足する弥生。

 これだと思えるものに出会うまで大した時間はかからなかった。

 なぜならそのページには、付箋が挟まれていたからだ。


   ***


 蠱術(こじゆつ)とそこには書かれていた。

 ルビがふられていたおかげで、弥生でも読むことができた。

 蠱術とは生け贄を用いた呪術のことをいうらしい。ただ、生け贄といっても、用意するのは人間という大それたものではなく、蠱の字から察せられるように、毒虫――つまり昆虫を使うのだそうだ。

 いや。術の要となるものは、必ずしも昆虫と決まっているわけではない。

 より強力な術にしたいのであれば、犬や猫などを殺し、その動物霊を扱うのでもいいらしかった。

 大事なのは念の強さ、だと、その本はいっていた。

 だが弥生は、いくら強力だとされていても犬や猫を殺して贄に使うつもりには、とうていなれなかった。

 妹の次に大好きな犬を、大嫌いな一生のために犠牲にする。この仕組みが弥生には理解できなかった。

 昆虫を扱った呪術に弥生は目をつけた。

 ()(どく)という名の呪術。

 虫が、皿の上に、三つ。蠱。このように蠱毒は、数種類の毒虫を壺の中や皿の上に集める。それから集められた虫どもが最後の一匹になるまで、互いに食らい合わせるのだ。

 残った生命力の最も強いその一匹(・・・・・・・・・・・・・・)()と称し、道具として術に使う。

 弥生の頭の中で電気が走った。

「牧野がいっていた、強い生命力のある子。子じゃなくて、蠱だったんだ」

 弥生は強く頷いた。そして理解する。

「牧野はこの蠱を用意しろ、っていっているのね」

 しかし弥生の首はガクッと折れる。そんなの無理に決まっている。虫どうしを共食いさせて、最後まで生き残らせるなんて、そんなこと。

 共食いさせるための毒虫を集め、それらが一匹になるまでを待たなければならない。

 考えるだけで気が遠くなる。

「どーすりゃいいのよ」

 と、呟いた時。弥生は、そういえばと、ふっと思い出して頭を上げた。室内を見渡す。

 弥生は、小さな木箱の存在を思い出して、手に取る。

 木箱には細い紙が貼られてあった。そこに書かれていた字は、もう薄くなってしまっているのだが、微かに、蠱、と書かれているのが確認できた。

 ここの前住人が、誰かを呪うために用意したと思われる木箱。

 蠱毒のために用意されたものらしいと、弥生は推察する。

 この中に、強い生命力を持った毒虫が、いるのでは。と。

 そんな期待を、決して抱いていたわけではない。だけど弥生は、はやる気持ちを抑えて木箱をゆっくりと開けた。

 中にいた、そいつに弥生は目を大きく見開いた。

 太く、長い足。球体を思わせる、膨らんだ腹。特徴的な帯を思わせる白い模様。

 体長だけでも一センチを超えた蜘蛛が、蓋を上げた弥生を見上げていた。

「うわぁ!」

 驚きのあまり後退ってしまい、木箱を落としそうになった。

 が、あることに気づいて、そうはならなかった。

 恐る恐る箱の中を改めて覗く。

 幻でも見ていたのだろうか。箱の中に蜘蛛なんていない。

 しかし別の、代わりとなるもの。白い紙切れがあった。手帳から切り取ったような用紙が一枚。半分に折られた状態で置かれていた。

 これが蜘蛛、それもシロオビユウレイグモに見えたのかも。弥生は大袈裟に驚いた自分をバカみたいと笑った。

 半分に折られた紙を広げる。そしてまた彼女は驚いた。

「まさか――」紙にはまさかの蜘蛛の絵があった。

 しかもシロオビユウレイグモの絵だ。

 これはどういうことか。なぜ絵だけなのか。何か意味でもあるのだろうか。

 そこで弥生はある仮説を立てた。

 もしかすると前住人は用意はしたけど、蠱毒という呪いを、まだ相手にかけていないのかもしれない。

 蠱となった蜘蛛は実はまだ生きていて、今もこの家のどこかでじっと身を潜めているのかもしれない。

 それこそ、今まで何度か目にしたことのある蜘蛛、シロオビユウレイグモこそが実は蠱となった蜘蛛なのかも。

 弥生はそうであってほしいという願望を、そうであるという強い確信に変化させた。

 しかし不思議だ。どうしてあの蜘蛛は、蠱として使われずのまま、木箱から外に放たれているのか。

 蜘蛛自身が自力で術者から逃げ切ったのだろうか。

 あるいは何らかの意図があって、わざと蜘蛛を逃がしたのか。

 それとも、使う必要がなくなったのか。または使うことができなくなったから。

 弥生は思考を巡らせることを中断させた。疑問は残るが、知る術はない。それに今、大切なのはそんなことではない。

 家の中のどこかにまだいるだろう、シロオビユウレイグモをなるべく早く見つけ、捕まえるのだ。

 一生を早く殺すために。急がなくては。

「でもどうやって見つけてやるか」

 ぼそりと呟きながら、姉妹部屋から出る弥生。

 本当に予期せぬことだった。弥生は瞬きを二度して、目を凝らし、再度瞬きを二度した。

 信じられないことに、目的のシロオビユウレイグモを彼女は廊下であっさり見つけることができた。

 見間違いなどではない。シロオビユウレイグモがそこにいる。

 弥生が手を伸ばしても、どういうことか蜘蛛は暴れず、弥生の手に噛みつこうとさえしなかった。

 大人しすぎるが弥生は油断せずに、慎重に持ち運んだ。捕まえた蜘蛛を、ひとまず蠱と書かれた空っぽの木箱の中へ放り込む。足を蠢かす蜘蛛を喜々とした表情で見つめながら弥生は蓋を閉めた。

「ご都合主義を超えて、変な気分。何だか廊下で私が出てくるのを待ち構えていたみたい」

 思えば一生のことを考えるその度に、この蜘蛛が目の前に現れていた気がする。

 今だって。必要だと思った直後に、こうして現れたのだ。

「こいつ、もしかして私の心を読み取って、ずっと捕まえられるのを待っていたのかも……んなわけないか」

 正解かどうかわからないけど、とにかくこれで一生を殺せる道具を手に入れたのだ。

 神社に行かなくちゃ。牧野から、こいつをどうすればいいのかを教えてもらわないと。


   ***


 牧野に会うため弥生は鍵もかけずに家を飛び出した。正門を右に曲がり、神社へ急ぐ。木のトンネルを駆け、一礼もなしに鳥居をくぐって境内へ。さらには手水舎のことなども頭から抜けたまま、辺りに目を配った。

 相変わらず、人のいる雰囲気はない。

 冷たい空気が、走って温まった弥生の体温を下げる。乱れた呼吸を整え、額の汗を拭いながら、弥生は牧野を探そうと歩きだした。

 本殿の裏側に回り込もうとしたところで、弥生は人の姿を目撃した。

 牧野。と、もう一人いる。

 女で、しかも子供だった。近くでなくても背の低い、十分に可愛げのある子であると、弥生の目に映る。少女の黒髪が風に吹かれて映画のワンシーンのようにふわりとなびく。淑やかな長い髪の毛には心を奪う魔力でも秘めていそうだ。

 髪の毛を抑える少女の仕草に見覚えがある。弥生は少女が誰なのかに気づいてしまった。反射的に本殿の影に身を隠す。

「えー。本当に、あったんですか?」

 小春の声だった。聞き間違いなどではない。

「ええ。御神木の、この辺りにね、ブッスリと打ち込まれていたわ。今はもう片づけてしまったから、ないけど」

 これは牧野の声だ。

 弥生は怪訝に思った。手紙を投函しに家を出たはずの小春が神社にいて、牧野と話しをしていることに。

 老木の前に立つ二人の会話は、親しげであった。今日初めて会ったという堅苦しい空気はない。

「なーんだ。もうないのかぁ。ねえ牧野さんは人形を見つけた時、怖くなかったですか?」

「怖い? そんな大したことなかったわよ、あんなの。恨みの念さえも込められていない、ゴミも同然よ。可燃物と一緒に捨ててやったわ」

「でも、丑の刻参りをする人が未だにいるなんて信じられないな。どんな人がやっているんだろ?」

 二人は紛れもなく、弥生が丑の刻参りのつもりで打った、呪いの草人形のことで盛り上がっていた。この話題はまずいと、弥生は悪い予感を覚える。が、どうすることもできずにただただ聞き耳を立てていた。

「小春ちゃんはこの手の話に興味があるの?」

「はい。最近オカルトにハマっているんですよ」

「そうなの。あのね、少しだけなら分かるわよ。昨晩、どんな人がここで丑の刻参りをしたのかがね」

 え。

 弥生の悪い予感は、的に当たりつつある。なぜなら牧野は、丑の刻参りをやった人間が弥生であることを知っているからだ。弥生は建物の影から飛び出て、牧野の口を塞ぐべきか迷った。

「丑の刻参りをした相手は、きっとまだ学生よ。身長はそれほど高くはなくて。何より――」

「うんうん」

「面倒臭がり屋で、手先が不器用で、とても頭が悪い」

 断言する牧野に、小春はお腹を抱えて大笑いした。「まるでお姉ちゃんみたい」と。

 しかし弥生にはちっとも笑えない話である。

「でも、どうして相手の詳しいことまで分かるんですか?」

「人形の見た目が醜悪だったの。相当に手先が不器用だったのね」

「あは。辛口~」

「それから何よりも人形の作りが中途半端だったのよ。形は人型だけど、それを憎い、恨みたい相手に見立てる、といった肝心の項目が抜けていたわ。それじゃあ呪いの人形だとはいわない」

「見立て?」小春は首を傾げる。「それって、呪いたい相手の名前を紙に書いたり、髪の毛や爪を、人形に埋め込んだりするやつのこと?」

「あと、写真とかもね。そういった見立てが、今朝見つけた人形にはなかった。ある程度に歳を取った人が、本気で人を恨もうとしているのなら、こんな中途半端なものは作らない。女は歳をとるほど陰険で怖い意味で賢い性格になるからね」

「でもでも、頭が悪い、中途半端のまま大人になった人間だって、世の中に何人かはいるかもしれないよ」

 小春が牧野の考えに指摘をする。その口調はまるで推理小説の謎解きを楽しんでいる時のようでもあると、弥生は思った。

「学生の仕業だと思う理由はもう一つあってね。それがこれ。木に打ちつけられていた釘の跡」

「あー、なるほど。身長が測れちゃうんですね!」

金槌(かなづち)を握る人間の大多数が、自分の目線に合わせて釘を打ち込む。つまり、人形が打ち込まれてあったこの位置と、ピッタリ目線が合えば、その人物の身長だってことになのよ」

「うーん。この位置は、お姉ちゃんくらいの身長かな? まさか本当にお姉ちゃんが……あ、でも。あの単細胞には人を恨むことなんて到底無理か。そもそもあの人には夜道を出歩けるわけがないのよね」

 小春は、姉の悪口をつらつらと並べる。しかし弥生はその様子に安堵していた。小春がいえばいうほど、自分は疑われずにすむというわけだ。

「それに三日坊主だから、一日も欠かさずに七日七晩も人形を打ち続けることなんて、無理か」


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