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家のなかのこどく  作者: くろとかげ
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2章『父に呪いを―その3』

 善は急げ。憎しみが膨張しすぎて苦しく思う弥生は、今晩にでも丑の刻参りを行う決意をした。

 数日後には学校なのだから。今、できることをやらなくちゃ!

 心に火をつけ、行動を起こす弥生。儀式に必要な道具集めからスタートした。

 難なく、釘とトンカチを、下駄箱に収納された工具箱から拝借。

「オッケー。さて次は藁人形作りね」

 と意気込んだところで早くも問題発生。弥生は頭を抱えることとなった。

 藁人形を作るのに必要不可欠な、藁、というものが何であるのか。彼女はそれを具体的に知らなかった。

 頭の中で思い浮かべられるのは形状のみで、藁についてを言葉で表すことができない。

 これに弥生はショックを受けた。

中に米粒が入っているのは……は稲だよね。

 いや違う。そういうことではないのだ。必要なのは藁に関する知識ではなくて、釘を打ち込む藁人形。これが重要なんだ。

 しかし肝心の藁が、どこで手に入るものなのか。弥生は見当もつかないのであった。

 やはり急に全てをそろえることは無茶な思いつきだったのだろうか。

 一瞬、弥生はあきらめかけるが、新たな発想が湧いて、指をパチンと鳴らし、

「無理に藁を使わなくても、庭に生えている草でいけるんじゃないかな」

 弥生は(はつ)(らつ)と外へ飛び出した。

 空色は、薄暗いというレベル。これから本格的に暗くなろうとしていた。

 弥生は用事を手早く終わらせようと、早足で庭へ回る。

 庭には雑草が申し訳程度に生えていた。日陰の中で寒さに耐えながらも、それでもちゃんと生きている。雑草といっても、ちゃんと花がある。形は筒状で可愛らしく、花びらは綺麗な紫色をしていた。

「しかしこれはまた、見たことはあるけど名前は知らないタイプの植物だなぁ」

 普段、植物等をちゃんと見ない弥生であった。

 弥生は屈み込んで、綺麗だな、と思いながらも容赦なくぶちぶちと引き千切(ちぎ)り始めた。童心に返ったようで夢中になる。次々と草丈三十センチの雑草を集めていく。人形作りに必要としない葉と花びらは邪魔なので取り除く。

 適当なところで収集を終えて、弥生は立ち上がった。

 そして何かを感じ取ったのか、弥生はふっと顎を上げた。見上げた先には姉妹部屋の窓がある。窓越しに室内の明かり、そして小春の姿があった。小春は窓際に立ち、じぃっと庭にいる弥生を見下ろしていた。

 少女の顔には驚愕の色が浮かんでいた。信じられないものを見てしまったかのような、そんな目をしていると弥生には思えた。

 弥生と目が合うと小春は逃げるかのように部屋の奥へと引っ込んだ。

「小春……見てたのね」

 変なところを妹に目撃されたなと軽い気持ちで思いながら、弥生は家の中、キッチンへと戻った。

 集めた茎で呪いの人形を作る。

 上の階から小春が下りてくるかもしれないが、多分大丈夫だろう。

「でもやっぱり急に現れる可能性もあるから、急いで終わらせよう」

 弥生が考えた人形作りのレシピはこうだ。

 集めまくった草の茎を数本、手に持ち、左右両端の二箇所にきつく輪ゴムをかけて一本の束にする。長さがバラバラなので、包丁を使って束の長さを約二十センチにそろえる。

 次に、もう一束分、同じように輪ゴムを使い纏める。しかし今回は中央から二股に分けて、ちょうど漢字の『人』という字になるようにする。

 これで束ねた茎は、『一』と、『人』の字形の二種類だ。

 この二種類の束を組み合わせて、『大』という字を作る。

 これで人間の形を模した藁人形――ではなく、草人形を完成させることができた。

「ふう。無茶振りだけど、案外何とかいけるものね」

 作った当人は満足げではあるが、見た目は決して美しくはなかった。

 カットして長さとバランスをそろえはしたものの、切り口は悪く、おまけに指で圧迫されて潰れた箇所が多くあった。

 ある意味では、その歪さが、藁で作られた人形よりも、気味の悪さをプンプンと漂わせていた。

 当然なことに周囲には草独特の青臭さが広がっている。が、これはどうすることもできず、時間が青臭いにおいを解決してくれることを信じるしかなかった。

 弥生は迷ったが丑の刻参り一式を部屋に持っていき使う時が訪れるまで、ビニール袋そしてタオルで巻いた状態にして隠しておくことを思いついた。

 袋、タオルでカバーしたそれを見えないように両腕で抱えて、二階に持って上がる。

 両腕が塞がっているので、姉妹部屋のドアを足で開けようとすると、

 部屋のドアが、内側から開く。

「わっ!」

「きゃあ」

 弥生の前に現れたのは小春だった。

 二人は前回――リビングで顔を見合わせた時と同じ驚き方をしてみせた。

「ちょっとまた? お姉ちゃん、現れるたびに人をビックリさせるなんて、本当に迷惑な存在よね」

 小春は口を尖らせ、鬱陶しそうに弥生の脇を抜けた。

「あ。小春、どこ行くの?」

「お風呂の用意」

「あ。それは好都合……でなくて、じゃあ私はその間に部屋の片づけをしようかな~、っと」

 弥生はさりげなく、これからの行動をアピールした。小春がそれを聞いたか聞いていなかったのかは不明。彼女は黙ったまま階段を下りていったようだ。

 小春に相手にされなかったわけだが、それはそれでいい。お風呂の用意をするといった妹は、しばらく二階には戻ってはこないだろう。今のうちにできることはしておこう。

 弥生はタオルに包んで持ち込んだ草人形の丑の刻参り一式を、自分の枕の下に隠した。

 次に、隠し部屋から呪術指南書を一冊だけ素早く取ってきた。これも枕の下に隠しておく。

 念のために丑の刻参りについての内容をもう一度、確認しておこう。

 色々なものを枕下に隠したその後に、弥生は、やっと宣言したとおり部屋の片づけを終わらせることにした。

 作業を終了させた弥生の耳に、一生の帰宅の声が階下から響いた。


   ***


 一生は、歓迎会から帰ったばかりだというのに夕食を手際良く作った。

 小春はそれを「美味しい」と絶賛するが、弥生は終始無言だった。

 そんな娘の変わった様子に、一生は心配の眼差しを向けた。

「弥生、どこか調子悪いのかい?」

「お父さん、もう放っておこうよ。お姉ちゃん、味覚がおかしくなっちゃったんだよ?」

「それは困るな。料理に腕が振るえなくなるよ」

 弥生は味覚を押し殺し、わざと無反応な食事をしていた。楽しげな雰囲気は呪いに使う力を弱めてしまいそうだ。と根拠はないが決めつけていた。

 いつもと違って小春が先に食事を済ませた。小春は風呂場へ直行した。

 遅れて食事を終えた弥生は、姉妹部屋に戻って、ベッドで横になった。

 余計な音がしない場所で耳を澄ませると、下の階から、ばしゃばしゃと水の跳ねる音や、カコーンといった小気味の良い物音が響いている。

 小春の入浴は長い。この分だとまだしばらくは時間がかかるだろう。

「そうだ」と手を打って、枕の下に隠しておいた本を取り出す。

 念のためにと思いついた、昼間に読んだ儀式の再確認。

 おかげで忘れかけていた、装束の存在を思い出すことができた。また、それについて未読のところがあることに気づけた。

 朱か白。着用する装束の色は自由に選べる。

 だが、なぜ赤と白の二色なのか。その理由は記されていなかった。

「赤と白。紅白と関係でもあるのかしら。でも白っていうイメージが強い丑の刻参りに、赤装束なんてのもあるのね」

 選べるのなら私は、と弥生は遊び感覚で赤装束で釘を打とうと決めた。

 直後、彼女はとんでもないことを知る。

 それは化粧についてだった。

 赤と白、着用した装束の色によって、決められた化粧をしなければならないらしい。

 白装束の場合だと、顔面を化粧で白色に染め、朱か黒の口紅を引かなければならない。

 これが赤装束の場合だとまた違ってくる。

 顔を朱色に染め、緑色か紫色の口紅を唇に塗らなければならなくなる。

 文章に目を通した弥生は、自分が赤装束で儀式を行っている場面を想像した。

 真っ赤な服を纏い、朱色の化粧で顔を染め、紫の口紅を引いている。

「気持ち悪っ!」

 弥生は、頭に思い描いた自分の姿に素直な感想を述べた。

 この世のものとは思えない不気味な容姿が呪いの力を強くしてくれそうではあるが、あまりにも異色なので、弥生は気が引けた。

「気味が悪すぎるあまり、目撃者に通報されたら大変だからね。ここはオーソドックスな白装束で儀式に挑もうかな」

 もともと丑の刻参りは人の目に触れられてはいけないものなのだが、初心者の弥生はそれをうっかり忘れてしまっていた。

 本のページの続きをめくろうとすると、不意に部屋のドアが開いた。

 弥生はぎょっとして飛ぶ勢いで俯せの姿勢から体を起き上がらせた。階段を上がる音が耳に入っていなかったせいだ。

 見開いた目で見えたのは、一生の姿。

「な、何ッ?」

 焦った弥生は半ば怯えるような口調になってしまう。

「大丈夫かい?」弥生のそんな様子に気づくことなく、一生は室内に踏入る。

「は? 何が」

「だって夕ご飯あまり食べなかったでしょ? それでちょっと心配になって様子を見にきたんだよ」

 喋りながら一生は弥生に歩み寄った。もしかすると一生はベッドに腰かけて話をするのかもしれない。そのような最悪の想像が駆け巡る。

 弥生はいくら隠したとはいえ、儀式に使う道具と呪いの本が万が一見つかってしまうことを危惧した。

「来ないで!」

 弥生は叫ぶしかなかった。近づく一生の足を止めるためだ。

 同時に、そんなことでわざわざ二階に上がってくるな、と心の中で毒突いた。

 一生は思いどおり足を止めてくれたが、表情に浮かべた心配の念を強めたみたいだ。

「心配なんて余計なお世話だから。出て行ってくれる。早く!」

 弥生は、なるべく感情を冷たくして、突き放すようにいった。

 一生はどういうわけか、弥生の棘のある言葉を軽く笑った。

「だね。元気そうで良かったよ」

 一生はそれだけをいうと、くるりと背中を向けて部屋から出ていった。

 耳を澄ます。今度は一生の階段を踏むゆっくりとした歩調を聞くことができた。

 おかしい。姉妹部屋のドアを見つめ、弥生は身構えた。

 一生は階段を下りているハズなのに、音は途中から上がってきているかのように変わっていた。

 弥生の中では一生が再登場するものと思っていた。しかし現れたのは、風呂上がりの、サッパリとした小春だった。

 ほっと一安心した弥生。

「ずいぶんと長風呂だったわね。そんなにいい湯だったの?」

「…………」

 小春は無言で返した。


   ***


 脱衣所で弥生は肌に張りついた衣類と下着を脱ぎ、素っ裸となった。

 右腕の内肘に一箇所、子供のころにできた丸形の火傷の跡がある。それを弥生は撫で、「お母さん」と呟いた。

 それから鏡に映る自分の裸体に目を向けた。

 痩せたかな。弥生は思った。この家に来てから食事の回数が減ったせいもあるだろう。体から肉は削げ、あばら骨がうっすらと浮き出ていた。弥生は脱衣所を抜けて、浴室の冷たいタイルを踏んだ。水分を含んだ空気が素肌を包む。

 湯の量は浴槽の半分ほどだが、湯船から昇る湯気は、柔らかくまるで弥生を誘っているかのようであった。

 しかし弥生は、それに浸かろうとはしなかった。

 極楽を味わえるだろう湯を頭から浴びれば、心身ともに癒やされ、今日抱いた一生に対する憎悪もなくなってしまうかもしれない。

 つまり、丑の刻参りを中止にする可能性だってあるのだ。弥生は自分の性格を考えた。

 弥生は風呂イスに腰を下ろした。硬くて冷たい感触が尻全体に広がる。身震いが走る。

 どんなに体が冷えても風呂には浸からない。

 弥生はシャワーに目をつけた。シャワーのハンドルに手を伸ばし、ぐいっと捻る。

 頭上から滝のような勢いで噴出した、水。

 冷水が全身を打つ。

 頭から下腹部にかけて体温は急激に低下する。弥生は、乳房と膝頭が密着するくらいに背中を丸め、歯をカチカチと震わせながら、痛いくらいの冷たさに耐えた。

 細かく震える体。

 シャワーハンドルを左回転させて、水の出を止めた。それから深く、深く、息を吐いた。

 冷えていくあまりに、どうにかなってしまいそうな、頭の中で、様々な暴言がぐるぐると渦巻いていた。

 畜生。まだ春まえの三月だってのに私は何をしているんだ。バカか? 湯船にも浸からずに。

 弥生の脳裏に、一生の姿が浮かぶ。

 こんなに冷たい思いをしているのも、全部あいつのせいだ。絶対にそうだ。間違いない。

 一生に対する憎しみを十分に増加させて、弥生は腰を上げて震えながら浴室を出た。

 濡れた体をザラザラとしたタオルで拭いて、二階に戻る。

 部屋に入ると、小春が背中を丸めて机に向かっていた。もくもくと作業に没頭している。よほど集中しているのだろうか、部屋に現れた弥生に、顔どころか目さえ向けない。

 それもそのはず。彼女はヘッドフォンを耳に当て、音楽を聞きながら手を動かすことに没頭していた。

 弥生は家捜しをするドロボウみたいな足取りで、小春の背後に近づき、彼女が机に向かって何をしているのかを覗き込んだ。

 小春は一生懸命になって、文字を書いていた。

 もしや写経?

 と考えが弥生の頭を過ぎるが、もちろんそうではない。

 弥生の中でちょっとした好奇心が生まれた。首を伸ばして、内容を盗み見る。

 どうやら小春は、まえの学校の友達に手紙を書いているらしかった。色ペンを使い分け、可愛らしい文章とイラストで手紙を仕上げていた。

 作業をする小春の手が、ピタリと止まる。ヘッドフォンを外して、首を回し、後ろにいる弥生を睨んだ。

「勝手に見ないでくれる?」

 小さいながらも威圧的な声に弥生は縮こまった。

「い、いいじゃないの。減るもんじゃなし、読ませてよ~。てゆーか小春、そういうの買っていたんだ」

 小春は無言だった。姉と妹は見つめ合う。

 それから小春はプイッと顔を机に戻して、

「あっちへ行って」

 四歳も年下の妹。その口調からナイフのような鋭さを感じて弥生は、素直に従う。自分のベッドスペースで仰向けになる。

 あっ、と思い出す。小春のことだ

 小春は、レターセットが買えたことを心から喜んでいた。

 あれれ。と弥生は疑問を抱いた。

 レターセットを買った。私はどのタイミングで、レターセットのことを聞いて知ったんだっけか。小春が外出から帰ったその時だったか。小春の口から聞いた気がするのだが。いやそれは違う。

 小春と会話をして聞いた憶えはない。

 だとしたら、どこで、いつ、私はレターセットのことを知ったのか。

 弥生は思わず体を起こした。

「ねえ、質問よろしいですか――」

 弥生は小春に直接訊いてみようと声をかけるが、妹の耳にそれが届くことはなかった。「なるほど。そうですか」

 弥生は質問をあきらめて再び体を横にさせた。

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