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家のなかのこどく  作者: くろとかげ
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4章『呪いの終わり―その1』

 木魚を叩く音。読経する僧侶の声。鼻水をすすり、嗚咽を漏らす音。

 狭い室内には重苦しい空気が充満しており、その中をたくさんの悲しい音が飛び交っていた。

 それらに耳を傾けていた弥生。音が彼女の心に、現実味という辛い言葉を押しつけていた。

「どうして……」と、喉を押し潰したような、小春の声「どうして死んじゃったの?」

 涙声が恨めしく聞こえて、弥生は胸を痛くした。自分もわあわあと泣き出したくなる。

 だが弥生は奥歯を噛み締め、涙を堪えた。これから先のことを考えると、泣いてなんていられない。図太く生きなくてはいけないのだ。バカで、脳天気な自分を保たなくては。

 弥生は顎を上げて、目の前の遺影を睨んだ。

 もうこの世にはいない、(いち)(まつ)(いち)()の顔。

 あの日の夜に、一生は死んだのだ。

 死因は聞かされた気がするが、ショックのあまり弥生は理解できていなかった。

 ただ、一生は呪いによって死んだのだ。弥生の心にはこれしかなかった。

 一生の葬儀はあっさりとし、(いた)んでくれる人の少ない寂しいものだった。

 この時になって、弥生は知る。

 一生が嘘をついていた、という事実を。

 仕事の都合でこの町に引っ越してきた、と教えた一生の言葉は嘘であったのだ。

 彼は引っ越しをするまえから、すでに長く働いていた会社を辞めていて、溜めに溜め込んだ貯金と、さくらの保険金を崩しながら生活をしていたらしい。

 引っ越し先をこの家に決めた理由。それは一生が牧野三月に会うためだった。

 通夜の儀式を終えたあと、葬儀会館から外に出た弥生と牧野。そこで一生に関することを弥生は牧野から直接聞かされた。

 一生は、どうして牧野に会う必要があったのか。

 それは、弥生の中にあるシロオビユウレイグモのオマジナイを解いてもらう、というのが理由の一つだった。一生は、弥生にかけられたオマジナイに勘づいていたのだ。

 そんな一生が牧野と再会できたのは、彼が死ぬ三日まえだった。


   ***


「わざわざ、こんな(へん)()なところに、引っ越しをしてまで会いにきてくれるなんて、ご苦労さま。だけどね弥生にかけたオマジナイなら、もう効果は切れているみたいよ」

「なんだそうだったのか。いや、それなら全然いいんだ。ありがとう」

 神社で牧野との再開を果たした一生は、一番心配していたことをあっさりと解決できて、思わず安堵を漏らした。

「でもね。これで万事解決。というわけでもないみたいよ」

 綻んでいた一生の口もとが、ぎゅっと強張る。「どういうことだ?」

「この間ね、弥生と小春ちゃんの二人に会ったわ。あの姉妹は本当に面白いわね。私とさくらの関係を、そのまま生き写しにしたみたい」

「だから、何がいいたいんだ」

「さくらが私を嫌っていたみたいに、小春ちゃんも同じように弥生を嫌って憎んでいる、ということ」

 それなら知っているよ。一生はそう思い、そういおうと口を開いた。

 牧野はそんな一生の思考をまるで読み取ったかのように、言葉を続けた。

「小春ちゃんね、弥生をただ嫌っているだけでなく、呪い殺そうとしているわよ。本格的なやり方でね」

 突拍子もないセリフに一生は鼻で笑った。

「何をバカな。あり得ない。小春はまだ小学生なんだぞ。自分の姉を殺そうとするだなんて」

「小学生でも、人は殺せるのよ」

 一生は心臓を鷲掴みにされた気分となり、思い出した。過去にあった小春の小学生らしくない言動。小春なら呪いをやりかねない。

「彼女ねぇ全部私に話してくれたわよ。大好きなパパには見せられない聞かせられない、ダークな部分をね」

「…………」

「小春ちゃんが弥生に呪いをかけようと決意したキッカケ。何だと思う? 実は、あなたとの秘密の行為を、弥生が覗き見したから、らしいわよ」

「秘密の行為?」

「小春ちゃんは、どうやら耳たぶを噛まれるのが好きみたいね」

「…………」一生は牧野の顔から視線を下げた。

「大好きなパパとの二人だけの秘密。それを弥生は隠れて聞いてしまった。小春ちゃんはそれがとっても許せなかったのよね。怒り心頭って様子だったわ」

 小春は、一生とスキンシップを取っている最中に、部屋の隅から変な物音を耳にした。

 それは弥生が隠し部屋で気を失って、床に倒れた時の音だった。

 姿見の奥というあり得ない場所から聞こえた物音。小春は怪訝に思い、一生が部屋を出て一人になると、音の出所を探ってみることにした。

 二つのあることを思い出して、小春は姿見の前に立った。

 初日の夜。外食から帰って姉妹部屋に戻った時、弥生が姿見の前に立っていたこと。

 その翌日の朝には、やたらと姿見を見つめ、「夢じゃなかったんだ」と呟いていたこと。

 この二つの点から、小春はすぐに姿見の仕掛けを発見することができた。

 恐る恐る隠し扉を動かして、隠し部屋を覗いた小春。彼女が目にしたものは、気絶している弥生の姿だった。

 いるはずがないと思っていた弥生のまさかの存在に、小春は、叫び声を上げてしまいそうになるのを堪え、事態を把握することに集中した。

 混乱と同時に、激しい怒りを覚える小春。

 パパとのスキンシップを覗かれていた。

 許せない。覗いていただなんて。殺してやりたい。

 衝動が小春の細い二本の腕を、弥生の首に伸ばさせた。

 が、寸前で手は留まる。ある閃きを得て、小春は殺意と一緒に腕を引っ込めることができた。

 隠し部屋のこと。そこに倒れていた弥生の存在。この両者を小春は、知らんぷりで終わらすことに決めた。

 弥生に勘違いを起こさせる。これが小春の思いついた考えだ。

 一生と小春の秘密のやり取り。壁越しに知ってしまったこの出来事が夢の一部であったんだと弥生に思い込ませるよう、小春はある嘘をつくことにした。

 外から家に戻ってきたけど、私は二階には上がっていないことにしよう。当然、隠し部屋というものの存在さえ知らない。

 秘密を守るために小春は、思いついたこの嘘を弥生に擦り込ませることを決めた。

 もちろん彼女が決意したことはそれだけではない。

 謎めいた隠し部屋に足を踏み入れ、冒険することにした。そこで小春が見つけたのは、人を呪う方法である。

 オカルト好きの彼女に、恐怖心はない。

 むしろ本物が目の前にあると、小春はチャンスを掴んだ気持ちとなった。

 数冊あるうちの本を一冊だけ持ち出して、こっそり隠れて読むことにした。

 難しい内容そして呪いというものが何なのかを、じっくり調べ、理解する。

 小春は、弥生の呪い死んだ姿を思い浮かべ、部屋を静かに出て行った。

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