そのまま融かしてくれるところへ
何を今さら。信じるから裏切られるんだし、期待なんてしなければ裏切られた気にはならない。私なりには必死の本気の切実な覚悟を決めて。決めたつもりで考えたことだ。
私は悪くないから知ったことじゃない。そういう考え方だってしたくなる。自分のやっていること見ていること聞いていること、感じるなにもかも、どうしようもなく気だるく重たくてしかたなくなってしまうのなんて、もしかしたら一般的なことなのかもしれない。それでもみんな、簡単に捨てられず燃やせない荷物を抱えていることを気にしていない顔で生きているのかもしれない。私は人生を十五年と少ししか生きていない。だから、もちろんそのことが事実なのかはわからない。わかれない。
それじゃあ昨日のあいつは、どうなのだろう。夜を纏うような黒い服に身を包んでいた。髪の色だって青みがかった黒。姿が夜の色ならば、その内面はどうだろう。初めて会ったくせに知ったような口を利いて、それに対して私がどうして泣いたのか、それはわからない。わからないなんてこともないだろうけれど、考えたいとは思わない。
あいつは聞いてもいないのに去り際に勝手に名乗っていった。ロア・クレスト。私は名乗らなかった。
自殺をしようという人間に対して向ける言葉は、やっぱり決まっているのだと思う。それは私の期待している、という意味ではなく、言うとするなら私の言葉のように単純で陳腐で使い古されたものであるという意味で。とりあえず、死んではだめだとか馬鹿なことを言うなとか死んだってなんにもなりはしないとか、そんなこと。生きていればいいことだってあるよ。きっと大丈夫だよ。大丈夫だよ。それは何の根拠があって言っているのか。
昔というほど昔でないというか、ここ数年の話。私はその頃既に死という概念を意識していて、それが多少は狂っているとしても素敵なものなんだろうなと考えていた。
この街に、人を呼び込むようなものはない。有名な何かとか、人気の何かとか、高層ビルでさえどこにもない。駅のほうへ行けば多少は賑わっているけれど、テレビで満員電車のラッシュなんかをみるとどこか異世界じみて見える。人ごみは苦手だし、都会の視界は目まぐるしい感じがして、おそらく私には似合わないだろう。必要最低限のものさえ買えたら、正直どうだって生きていけるし。移動手段なんか自転車でじゅうぶんだよね。気まぐれに、たまに都会に遊びに行ったりしてさ。全然混んでない電車に乗って。二人で行こうよ。大人になっても。将来の話なんてものをする相手がいたことを思い出す。思い出すという表現はおかしい、強いて言うなら忘れようとする意志を解いた、あたりが適当かもしれなかった。それなら私は忘れたいのだろうか。
当時の友人――当時の、なんて言い回しに苦笑せざるを得ないけれど、今は話すこともない同い年の少女は、名前をリリィといった。彼女は既に亡くなっている。そして彼女の死の原因は、私の認識では、私が半分くらいを担ってしまったと思っている。歪んで軋みはじめていた私の中の何かが、音を立てていっそう狂いだしたのを自覚した。
――わたしは全然つらくないよ。お互い様だし、友達だもん――ミュリエル、そんなこと、簡単に言わないでよ――わたしは、わたしは大丈夫――ねえ、そんなの、悲しすぎるじゃない――いちばんつらいのは、ミュリエルだよ――
そんなこと言ってくれるから、つらいんだよ?
なんて。過去のお話。感傷的になっている自分に嘲笑を浮かべる。いや、やっぱり、そうじゃなくて。
「よかった、いてくれて」
ロアという少年を同じ場所で待ってしまっていた自分にだった。