大国様が本気で義父を攻略するようです・七
このお話は、男性同士の恋愛表現が含まれております。閲覧の際はご注意ください。
もうすぐ夏が来ます。一緒に、祭りの時期がやってきます。
昔は子供たちに連れられ、大昔は父に連れられ、人間にまぎれてこっそりめぐったものです。
今年は、息子たちをスセリに任せます。
今年は、あなたと共にこの時間を共有したいのです。
ですので、一緒に行きましょう。
いいですよね、お義父さん。
~大国様が本気で義父を攻略するようです・七~
蝉がけたたましく鳴いている。風がやさしく吹いている。
縁側に飾った風鈴が、ちりんちりんと綺麗な音を立てた。
俺――建速素佐之男は、ふっと目を開いた。
外はもう陽が沈みかけている。太陽がいっそう眩しく感じた。
連日の暑さにはまいっているが、ときどきふく風と扇風機とかいう文明の利器でどうにかしのいでいる。
夜になれば、カエルの声を聞きながらよりいっそうの涼しさを感じられるだろう。湿気はそれほどないのが幸いしている。
ふと耳をすますと、軽やかな太鼓の音が聞こえて来た。そういえば、と思い返す。
今日は地元の夏祭りだったか、と今更思い出す。
まだガキの頃は高天原にいたし、そもそもそういう祭りがなかったから、何だか新鮮な気持ちだ。
中つ国で住居を構えてからは、嫁のクシナダと一緒に、人間に紛れこんで屋台を回っていた。
色々あって嫁ともども出雲で暮らしている俺は、この時期が近づくと、出雲の子供たちの引率として祭りに行くことがほとんどだった。
だけど、今年は子供の引率はしなくてすみそうだった。だが別の相手の同行を負かされそうだった。
「お義父さん、少しよろしいですか」
女っタラシの義理息子――大国である。
『お義父さん、私と子作りしてください!!』
ことの発端である数月前、俺が大国にそう衝撃の告白をされた。
その時俺はどうして手も声も出なかったのだろうと、心底後悔している。
その時手さえ出ていれば、あいつの頭のゆるんだネジをふっとばしてはめ込み直すことだってできただろうに。
奴は俺に告白してきた。女神じゃない、俺にである。あいつは男神だ。俺も男神であって女神じゃない。
何の冗談で義理の息子に求愛されねばならんのだと、その時ばかりは頭の中でぐるぐるとわけもわからず考えを巡らせていたものだ。
だけれど、冷静になってよくよく考えたら、あいつが冗談じゃなく本気での求愛をしていたということが、だんだんとわかってきた。
だから、俺はその真剣な眼差しに応えてやろうとした。
『変化球じゃなく直球で求愛して来たら、ちょっとは揺らいでやるかもな』
そう宣言してやってからというものの、大国はあの手この手で直球の求愛をしかけてくる。受けて立つと言ってしまった以上かわすことも逃げることも許されない。俺はそれらを受け止めて、受け止めたうえで必死に拒んでいる。
だって怖いから。もし揺らいであいつと一緒になったら、いつか彼奴に飽きられ捨てられてしまうという恐怖におびえ続けて生きることになるだろうから。
さて、その大国が、完璧な微笑でもって俺のもとへやってきた。その理由は簡単だ。
「お義父さん、一緒にお祭りへ行きましょう」
「……子供やいつもはべらせてる女どもはいいのか」
嫌味のつもりで吐き捨ててやった。言った直後ちょっと後悔する。
「不思議なことに、女神は女神同士で行ってしまいました。子供たちはスセリとお義母さんが連れて行ってくれましてね。木俣と事代も、小さな子供たちを引率してくれているようです。ぶっちゃけ私、現在ぼっちです」
「はっ、いい気味だ。いつも女という女をおっかけ回してる報いだな」
「ええ、でしょうね。そしてひとりきりは存外に寂しすぎて死んでしまいそうなのですよ」
「そりゃ大変だな」
「大変なのです。ですからお義父さん、この寂しい憐れな男を救うと思って、共に祭りへ出向いてくださいませんか?」
ねえ? と上目づかいで詰め寄られる。自然と手を握られていた。こういうことをさらっとやるから何かムカつく。
別に、大国は寂しすぎて死ぬなんて本気で言っちゃいない。俺だって死ぬとは思ってない。だけど、助けて欲しいと言われた以上、それに応えてやるのが俺である。救いの手をと伸ばされたら、その手を掴んで引き上げるのがスサノオの役目なんである。
「しょうがねー奴」
そう言って俺は奴を助けてやることにした。仕方なくを装って、ほんとは嬉しかったとか口が裂けてもいわんけど。
俺は大国に同行する形で、祭りに行くことになった。いつもの装束だと今のご時世悪目立ちするから、大国に仕立ててもらった浴衣を着ている(ちなみに今の時代は携帯とかタブレットとかが浸透している時代である)。
大国もいつも着ている立派な着物じゃなく、紺色の浴衣に着替えていた。さあ、と自然に手を伸ばす。俺は素直にそれをとる。これじゃ俺がまるで迷子になるかも知れないと言われているようなもんだ。俺はガキじゃねーのに、手を繋ぐことにためらいがなかったのは、どうしてなんだろう。
「まずは神社に行きましょうか」
「そうだな。あいつも屋台に紛れ込んでんのかな」
今夜行われている祭りは、形式上は町中にひっそりたたずむ神社に祀られている神様のためのものだ。古い呉服屋と古本屋の間に挟まれたその神社にいる神と俺たちは、たびたび顔を合わせているし話もする。
その神社には、今日も人が沢山来ていた。大きな神社ではないけれど、この街の人々にとってはなくてはならない存在だ。
その神社に赴き、挨拶してくる。出てきたのは、白いワンピースに麦わら帽子をかぶった小さな女の子だ。その女の子が、祀られている神だ。楽しんでいってね、と言葉を交わし、その子は一旦神社を出る。そしてふと、境内でイカ焼き食ってる浴衣の十五、六くらいの女の子に近づいていった。どうもあの神はイカ焼き食いたくなったらしい。
「それでは行きましょうか」
「ああ、うん」
大国と俺の手は、しっかり繋がれている。大国の手が優しく包んでくれているのだ。むかついたから力いっぱい握り締めてやった。痛がる素振りも見せずに苦笑いだけですませるもんだから余計にむかついただけだった。
「何か食べますか? それとも射的や金魚すくいのようなゲームにします?」
「んー……。何か食う。屋台見てたら急に腹が減って来た」
「私もです。何をご所望ですか」
「じゃたこ焼き」
はい、と大国は頷いて、たこ焼きの屋台に行く。
さすがに食べながら歩くことはできないので、道端に腰を下ろしてふうふう冷ましながらたこ焼きを食べた。ひと箱六個入りのものを、大国は一つ食べただけだった。
「大国、食べないのか」
「いえ、お義父さんがあまりにおいしそうに食べるので、それでお腹いっぱいです」
喉に食ったものを詰まらせなくてよかった。どうしてこいつはこう、油断してるときに口説くのか(いや口説きとはまた違うかもしれないけど)。
たこ焼きを食い終わったら、空の容器をゴミ箱に捨ててまた別の屋台を巡る。焼きそばとかイカ焼きとか、あとはかき氷と綿あめを平らげた。でもその代金は全部大国が出した。俺だって財布くらい持ってるし、しかも出した大国は一口食べるだけで済ましている。また俺が義理の息子に金を出させているみたいで気分が悪かったから、林檎飴を買って無理やり大国に渡した。仕返しのつもりだったがあいつに微笑まれて感謝された。逆効果だとどうして気づかなかったんだ、俺……。
腹も膨れたことだし、少し遊んでみるかと思って射的の屋台を覗いてみた。やってたのが実の息子のヤシマジヌミだと気づいて素通りすることに決めた。隣のベビーカステラを売ってるのは娘のウカミだった。ああ、こいつらは人間に交じって屋台出す奴らだよ、と思い出した。
太鼓の音が、近づいてくる。男たちが、掛け声あげて山車を引いている。音はそこから出ているようだった。軽快な太鼓の音と綺麗な笛の音に、少しだけぼんやりしていた。それを呼び覚ますでもなくじっとしてくれていた大国には、ちょっと感謝してなくもない。
音が遠のくと、自然と意識が戻って来た。
「お義父さん、もう少し先へ進みましょう」
「うん」
商店街を抜けていくと川原が見える。その川原の向こうで花火が打ち上げられていた。
「あれ、見て行きますか?」
「見る」
はい、と大国は頷いた。
大国と手を繋いで、川原の方まで歩いていく。人混みが少し気になったけど、大国がぎゅっと手を繋いでいてくれたから平気だった。
辺りはもう真っ暗だった。もう夕陽の眩しさもない。
黒の空を、花火が鮮やかに彩った。それも一瞬のことで、とても物悲しい気がしてならない。
おかしな話だ。去年までは子供たちと一緒に綺麗だなんだとはしゃいでいたのに、今ははしゃぐ気持ちが沈んでる。
でも嫌な気持ちじゃないのだ。ただしっくりこないのだ。このスサノオがしんみりするなんて。もっと子供みたいにはしゃげると思っていたのに。らしくもないな。
「きれいですね」
「ああ? うん……。変だよな、昔は花火眺めてたら気持ちがうきうきしてたのに。今日は逆に静かだ」
「……大人になったのですよ」
「そうなのかな。だとしたら……何か、複雑だ。大人になるにつれて、楽しい気持ちは消えちゃうのかな」
「お義父さん……?」
呼ばれてはっとする。いけない、こんな変な話するつもりはなかったのに。
「あ、はは……。ごめん。ちょっと物思いにふけって……」
「……。お義父さん、あちらへ行きましょう。もう少し涼しいでしょうし、人混みもましになるでしょうし」
「え?」
大国にやんわりと手を引っ張られる。連れて行かれた先は、人混み外れた河川敷。
花火の音も人々の喧噪も向こうへ消える。ときどき上がる花火の光だけが、大国と俺を照らした。
いつもの完璧な微笑とはどこか違う。子供をあやす父親みたいな笑顔だった。
大国がそっと手を差し伸べる。つないでくれるってことなのか? そっとその手に自分の手を近づけたら空気を掴んだだけだった。……ん?
大国の手は俺の頭に伸び、あろうことかなでなでと、俺の頭を撫でた。
「…………はい?」
「いいこいいこ」
とたんに、顔が真っ赤になった。
こんなバカ義理息子にあやされるなんて! これじゃ、さっきまで俺がしんみりしてたのがバカみたいじゃねーか。いやみたいじゃなくてバカそのものかもしれない。うわそれも嫌だ。
「よしよし。神にだって誰だって、時々わけもわからず胸がきゅーっとすることくらいありますよね。お義父さんもそんな時期が来たんですね。あぁよしよし」
「……っ、ざっけんなボケ!!」
俺は花火の音にも負けないくらいの大声で、大国の手を振り払う。顔が何だか熱い。これは暑さにやられたせいだ。
「おや、ひどい」
大国は払われた手をさすっている。うわぁこいつまるで効いてねえ。
「今日も、月読殿のお屋敷へお泊まりですか?」
そして抜け目なく俺の行動を読みやがった。そういえば前から、こいつに一杯喰わされたら俺はどうも兄の月読の屋敷へ逃げ込むことが多かった。兄貴に泣きべそかいて愚痴を聞いてもらって、一晩経ったら出雲の屋敷へ帰るというパターンが定着してしまっている節がなきにしもあらず。
その行動を学習したんだろうか、大国は先手を打ってきた。別にこのまま兄貴の屋敷に逃げ込んでも構わない。だが奴の思い通りに動かされた気がしてならず、俺はあいつに振り回されたという嫌な敗北感を味わうこととなってしまうのだ。それは嫌だ。
ここはせめて、奴の言った通りの行動は避けたい。どうすべきか。そう、思いもよらぬ行動をとればいいだけだ。ただし公共の福祉に反しない程度に。
数秒のにらめっこののち、俺は結局大国の手をひっつかんで、そのまま河川敷を抜けた。
「あれっ? お、お義父さん?」
「帰るんだよ! もうあらかた屋台回ったし花火見たし! あとは家帰って風呂入って寝るだけだ!!」
河川敷から商店街へ、商店街から出雲の社までの道は俺も覚えている。毎年この夏はここの祭りに来ていたから、道筋を忘れないでいられた。
下駄をがらがらと乱暴にならし、大国の「お義父さーん」とか「速いですよー」という間抜けた声もこの際無視して自分のペースで歩いていく。
心で舌打ちする。
「お義父さん?」
「……別に、寂しくなんてねー。ひとりで来たわけじゃねーもんな。……大国がいたから、寂しく何かねーんだよ」
「おと、」
「って何言わせる!」
別に大国に言わされたわけじゃない。ぽろっと零れただけだ。
あぁ、結局俺は奴に振り回されてばっかりだ。しかもそれが楽しいと思ってしまうなんてどうかしてる。
帰ったら酒じゃなくてラムネ飲んでやる!
嫌だって言っても一晩つき合ってもらうからなこのバカ義理息子!!
この時期は夏祭りですね。私の地元もお祭りがあったのですがあいにくお天気が悪い上に日程忘れて結局参加できなかったという……。こちらのお話はだいぶ前に投稿した『夏祭りのお願いごと』と同時間でのできごとだったりします。イカ焼きいいね!