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ウォルフがネネットを飼いはじめてちょうど2ヶ月を過ぎた頃。
仕事仲間の1人がひょっこりとウォルフの部屋を訪れた。
最近仕事が終わったらどこか浮かれた様子で真っ直ぐ家に帰るウォルフに女が出来たのではないかという疑惑が浮かび、それを仕事仲間を代表して確かめに来たらしい。
「ガゼル...何しにきた?」
せっかくゆっくりとネネットと過ごす休日を邪魔されたウォルフの機嫌は急滑降だったが、そんなウォルフなど気にも留めずガゼルは部屋の中に入り込んだ。
「おぉ~。なんだ、これ?」
急に見知らぬ男が現われて恐怖を覚えたのだろう。ネネットはピューと部屋の片隅に逃げてフルフルと震えて座り込んでいる。
「...ネネットだ。飼い始めて2ヶ月ほど経つ。」
「へぇ!お前がペット?!ふぅん。」
ジロジロと不躾にネネットを見つめるガゼルにウォルフは喉の奥で唸り声を上げた。
「おぉっと。そんな怒るなよ。」
飄々とした態度でガゼルは両肩を竦めてみせた。
「それにしても珍しいペットだな。高かったんじゃないか?」
「それほどでもない。」
事実、ペットの相場からしたら高い部類に入るネネットだったが、ウォルフは値段以上の価値がネネットにはあると思っている。
仕事で疲れて帰宅し玄関を開ければ、パっと表情をほころばせてパタパタと駆け寄ってくるその姿の愛くるしさ、プライスレス。
「前に仕事の関係で貴族の館に入ったときにあれと同じペットが居たけどよ。言葉を話してたぞ?」
「ネネットも話せる。」
ウォルフは誇らしげに胸を張って答えた。これがウォルフにとって初めてのペット自慢だった。
「へぇー。賢いペットなんだな。」
ガゼットは柔らかい絨毯の上に膝をついて、両手を差し出した。
「おーい。俺はガゼットってんだ。よろしくな、ネネットちゃん。」
名を呼ばれたネネットは恐る恐る立ち上がり、ウォルウをじっと見つめた。
「ネネット。」
ウォルフに名を呼ばれ、ネネットは迷うことなくウォルフの下へと駆け出した。
「おぉっと...俺、嫌われちゃったか?」
「ネネットは賢いからな。初めて見るお前を警戒してるんだ。」
ウォルフはネネットを優しく抱き上げ、自慢のペットに頬ずりした。
「うわ...」
職場では決して見せることのないウォルフのデレっぷりに、ガゼルは思わず声を漏らした。
「ほら、ネネット。自己紹介だ。」
ウォルフは指先でネネットの頬をすりすりと撫でて顔を上げるように促した。
ネネットは恐る恐るウォルフの胸元に埋めていた顔を上げ、ガゼルをじっと見つめた。
「...はじめまして。わたしのなまえはネネットです。」
「おぉ!!本当にしゃべった!!」
ガゼルはネネットの可愛らしい声と、しっかりと言葉を話していることに驚いた。
以前貴族の館で見かけたネネットと同じ形をしたペットは、どちらかというと教え込まれた短い言葉を繰り返し口にしているという様子だった。そこにペットの意志などは無く、飼いならされたペットそのものだった。
「なぁ、他には?」
「あなたのおなまえ、ガゼルさん?」
「おぉ~!!そうそう、俺はガゼルってんだ!」
たどたどしくはあるが、ネネットとの会話が成り立つことにガゼルは興奮した。
言葉を話せるペットはあまりいないのだ。それが一般市民が飼うものとなるとなおさらだ。
ネネットはどこもかしこも華奢で衣服からのぞく手足に毛はなく、ウォルフやガゼルからしてみたら変わった生き物だが、そういう生き物なのだと思ってしまえばこの上なく可愛らしいペットだ。
その上、言葉を覚えて自分の意志でそれを口にするとなると、珍しいどころのものではない。
「...ウォルフ。ネネットちゃん、どこのペットショップで買ったんだ?」
「街で一番大きな×××ってとこだ。」
「あぁ、あそこ。」
元々、ネネットが売られていたペットショップは珍しい生き物をどこからともなく仕入れては貴族に献上することで成り上がった商人の店だ。よくない噂も耳にするが、後ろに貴族がいるので警察ですら手が出せないのだという。
情報通のガゼルはネネットも裏ルートで売りさばかれてきた希少種なのだろうか、と一瞬頭の中で考えたが、ウォルフに飼われている現状を見ればそれほど悪い扱いもされておらず、むしろ底抜けに可愛がられているのだから、結果オーライだろうという結論に至った。
ウォルフもそうだが、ガゼルもそれほど物事を深く考えない種族だ。どちらかといえば身体が資本!のガテン系で、その中でもずば抜けて戦闘能力が高く、頭を使う仕事には向いていない。
仕入れたルートはともかくとして、街の大通りにあるペットショップで正々堂々と売られていたのならば、きちんと金を支払いネネットを手に入れたウォルフに何の落ち度も無いのである。瞬時にその答えに行き当たったガゼルは自分が思っているより頭の回転が速く、そして自他共に認める脳筋に相応しい単純な思考回路を持っているのだった。
「俺もネネットちゃんみたいなペットを飼いたいなぁ。」
早くもデレっと締まりない顔をしてどうにかネネットの柔らかそうなほっぺたをつつこうと機会を伺うガゼルに警戒しつつも、ウォルフは自慢げに自分の物だと主張するようにネネットを抱きしめた。
「これの愛らしさを知ったらもう仕事帰りに一杯なんて気にはならんぞ。」
そう言うウォルフは酒好きで有名なのだが、今のこの姿を見れば心底そう思っていることは明白で、ガゼルは呆れつつもやはりどこか羨ましいと思うのだった。