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「さて、互いの自己紹介を済ませたし、そろそろ本題に入ろうかしらね」
「僕に何が用事があるのなら手短に頼むな。僕は今から昼食を食べて次の授業で行われる小テストの勉強をしたいんだ」
そして余った時間でゲームがしたい。
「あら、意外と勤勉なのね。あなたってもっとこう――ああいえ、何でもないわ。今のは忘れて」
丹羽口が何を言い掛けたのか気になったが、僕がそれを追及する前に彼女は再度口を開いていた。
「さて、その本題なんだけど。直斗君、あなた宝船さんがどこに行ったか知らない?」
丹羽口のその質問の内容に僕は少し面喰ってしまった。聞かれるとするなら、学校では影の薄い僕のことではないにしても、もっと何か他のことだと思っていたからだ。そして、面食らった理由には僕が先ほどまで宝船のことを考えていたから――というのもある。あまりにもタイムリーな質問に僕は少し驚き、丹羽口に言葉を返すのが遅れてしまった。
「……いや、知らないな。あいつがどこに行ったのかなんて知らないよ」
「どこか行きそうな場所とか手がかりとかそういうものも分からない?」
「今は昼休みだから行きそうな場所と言えば学食かな。手がかりの方は皆無だな。だって、あいつ昼休みが始まったくらいからもういなかったし」
「そっか……分かったわ。ありがとう、直斗君」
僕の机に頬杖を着いて残念そうにそう言った丹羽口はその場を立ち去ろうと椅子から立ち上がる。そんな彼女を見て、僕はふと脳裏に浮かんだ疑問を丹羽口にぶつけてみることにした。
「そう言えば、あいつのことをどうして僕に聞いたんだ?」
「どうして……と言うと?」
「いや、何と言うかその……見るからに僕友達いなさそうじゃん? 逆にあいつは成績も優秀で容姿も良くて僕とは正反対の立場にいそうな人間だし」
まあ、中身はオタクだけどな――そんなことを心の中で呟いていたら丹羽口が僕にどこか憐れむような視線を向けつつこう言った。
「……直斗君、それ自分で言ってて悲しくないの」
「悲しいとは思っていない。悲惨だとは思っている」
「それほとんど意味一緒よ。ていうか、言葉のニュアンスと言うか印象と言うか……悲惨の方が更に悲惨に聞こえるわ。悲惨なだけに」
「…………」
「えっと? どうして宝船さんのことをあなたに聞いたのか、だっけ?」
自分で自分の心を抉っている憐れで悲惨な僕を尻目に丹羽口は先ほどの問いかけに答え出した。
「まあ、単純な話よ。単に宝船さんのことを聞こうと思ってこの教室の中を見渡していたら偶然あなたと目が合ったってだけ。でもまあ、聞いた後で思ったことだけど、宝船さんのことをあなたに聞いて良かったわ」
「え? どうしてだ?」
「だって、直斗君って宝船さんとそれなりに仲がいいでしょう?」
腕を組みつつ全てを見抜いているかのような不敵な笑みを浮かべて丹羽口は言った。
「まず、宝船さんのことを『あいつ』と呼んでいること。誰かを『あいつ』呼ばわりすることは、その誰かとそれなりに親しくないと出来ない事柄だと思うわ。普通なら全く関わりのない他人のことは苗字にさん付けで呼んだりするもの。まあ、初対面でも礼儀のない人は人のことを『あいつ』呼ばわりしてくることもあるけどね」
「そして2つ目」と丹羽口は左手を組んだまま右手だけを使って中指と人差し指を立てた俗に言うピースサインを僕に見せる。
「宝船さんが昼休みの始まり辺りからこの教室にいないということを知っていたこと。これは彼女のことを気にかけていなかったら答えられない言葉ね。……ていうか、ここだけ切り取ると直斗君がまるで宝船さんに好意を寄せているように思ってしまうんだけど、直斗君って宝船さんのことが好きなの?」
「違う」
彩楓の時と同様に即答する。そして、即答した理由も彩楓の時と同様だ。
「とまあ、こういう仮説を元に私は直斗君が宝船さんと仲がいいと思ったから、直斗君に宝船さんのことを聞いて良かったと思ったの。宝船さんって、あまり友達を作るタイプの人じゃないからね。でも、その宝船さんと普段仲がいい人が分からないって言うんだから、本当にどこに行ったのか分からないのね。残念だわ」
「僕は……そうだな、あいつとは仲がいい方なのかな。それを前提として話を進めるのなら、何かあいつに用事があったのなら僕が伝言しておこうか?」
「あら、本当? 助かるわ。それじゃあお願いしようかしら。えっと、生徒会の――ああ、自己紹介の時にすれば良かったんだけど、私も宝船さんと同じで生徒会の一員なのね? それでえっと、今日は生徒会室で結構重要な会議をする予定だから、帰る時間が遅くなってしまうかも知れないの。それを宝船さんに伝言してもらっていいかしら?」
「分かった。あいつが戻ってきたら伝言しておく」
「恩に着るわ直斗君。また何かあったらよろしくね」
笑みと共に僕に手を振って丹羽口は教室を後にした。
その後の僕はと言えば、食べかけの菓子パンを平らげ、炭酸飲料で水分を補給しながら前回の授業のノートを広げて先生から告知があった小テストの範囲となっている部分を見直して昼休みの時間を消化していった。
そして、復習も充分だと感じた僕は食べ終わった菓子パンの袋をコンビニ袋に詰めてその口を縛ると鞄から携帯ゲーム機を取り出す――そこでタイミングが良いのか悪いのか教室に宝船が戻ってきた。
僕は携帯ゲーム機を鞄の中に仕舞い直し、椅子から立ち上がると机と机の間を縫って宝船の席へと向かう。すると、近づいてくる足音に気付いたのか僕が話しかけるよりも先に宝船の方からこちらを振り向いてきた。
「……何? ひょっとして後ろから私に抱きつこうとでもしたの? セクハラで通報させてもらうわ」
「開幕の一言で僕に濡れ衣を着せつつ通報までしようとするとかお前は何者なんだよ」
「神」
「真顔で自分が神とか言うな」
「地面に這い蹲って私の崇め奉ってもいいのよ?」
「誰がお前のことを崇め奉るか」
「それじゃあ、私は神の権限で萩嶺君を血祭るわね」
「そんな物騒な動詞はないからな!」
ていうか、僕は何をしようとして今こうして宝船から毒舌を吐かれているのだったか。
「……ああ、そうだ。さっき、生徒会の丹羽口って人が来たぞ」
「丹羽口さん? 何か私に用事?」
「ああ。今日は生徒会室で何か重要な会議があるらしいから、帰りが遅くなるかも知れないってさ」
「そうなの。了解したわ。伝言ご苦労様、萩嶺君。あなたはもう用済みだから屋上から身を投げなさい」
「お前今遠回しに死ねって言ったな?」
「酷いわ。私がそんな酷いことを言うわけがないじゃない」
「さっき血祭るとか謎の動詞を使っていたのはどこのどいつだ」
「さて、次の授業の小テストの勉強をしないといけないわね」
「…………」
安定の話題スルーを決められてしまった。
「……まあ、いいか。伝えたからな」
「ええ、ありがとう、萩嶺君」
机の中から教科書やノートを取り出しながら僕に背を向けたまま言う宝船。
丹羽口は先ほど僕と宝船の仲がいいと言っていた。確かにそれはそうなのだろう。
しかし、その仲の良さの度合いはきっとそこまで高くないと僕は思っている。普段、宝船が『知り合い』と呼んでいる人達――仲がいいとは言っても僕はその人達よりもほんの少しだけ上にいるだけだと思うのだ。
僕は宝船の連絡先を知っているし、彼女の秘密も知っている。
でも、それだけだ。
きっと、彼女の『知り合い』の中にも連絡先を交換している人がいるのだろうし、彼女の一番の秘密を知っていてオタク趣味が共通していると言っても結局はそれだけしか僕と宝船には繋がりがない。
だから多分、先ほどの丹羽口による僕と宝船の関係性の推論は的を得ているようで的を得ていないのだろう。
「……まあ、どうでもいいけど」
呟いて僕は自分の席に戻ろうとする。
そんな時だった。
「はぎみねく――」
「なおとーっ!」
突然戻ってきた彩楓の大声が教室内に響き渡った。
「直斗! 小テストの勉強教えて! 食べるのに夢中で忘れてた!」
「何をやっているんだよ。お前の頭の中には食べることしかないのか」
「そうだよっ!」
「ドヤ顔で答えるな! 全くお前は……」
慌てて食堂からこの教室まで走ってきたのか、額に汗を光らせて彩楓は自分の鞄の中を漁り始めた。おそらく、次の授業の教材を探しているのだろう。全く、そんなに焦るくらいなら予め勉強しておけばいいものを――って。
「ん?」
そう言えば。
彩楓の大声が轟く前に誰かが僕を呼んだような――とは言っても、この教室の中で僕のことを呼ぶのは担任の先生と彩楓を除くと1人だけだった。




