Who am I? -はじめまして、白ウサギ-
「うぅ…。全身痛い……。」
アリシアは呻いた。
特に背中とお尻がひどい。
どうやら、さっきの穴から落ちたらしい。
上を見上げると、遥か高いドーム型の天井の真ん中に、穴が開いているのが見えた。
「あんな所から…?」
背筋を冷たい汗が流れる。
痛いと言っていられるくらいでよかったと思うことにした。
「そう言えば、あの子は…?」
ふと気がつくと、一緒に穴に落ちたはずの三月ウサギがいない。
辺りを見渡してみても、壁一面にドアがずらりと並んでいて、
部屋の中央にはソファやテーブルが置いてあるだけだった。
「どこに行っちゃったんだろう?」
あの様子からすると、見捨てられたということはなさそうだ。
アリシアはよいしょ、と痛む身体を起こした。
とりあえず、ソファで待たせてもらおうっと。
アリシアがソファに近づいてみると、そこには先客がいた。
沈み込むようにして座り、おまけに寝ているので、さっきは気が付かなかったのだ。
その人物を見て、アリシアは驚いた。
なぜなら、ウサギの耳が付いていたから。
「さっき三月ウサギちゃんは、ここは不思議の国だって言ってたけど、
ウサギの格好した人がいっぱいいる国、って意味だったのかな。」
三月ウサギより長くて白い耳。
歳は見たところ同い年くらいで、少し華奢な少女のようだった。
ウサギの耳が付いているとはいえ、同年代の女の子を見つけてアリシアが安心していると、
その少女が「ん…」と身じろぎした。
そして瞼がゆっくりと上がる。
瞼の奥の、ルビーのように紅い瞳がアリシアに向けられると、少女は掠れた声で
「アリ…ス……?」と呟いた。
「え…?」
アリシアが首を傾げると同時に、少女ははっと目を見開いて二人の間の距離をとった。
「お前誰だっ。
何でキャストでもないヤツが、此処にいるっ」
そして傍らにあったステッキの柄を抜いて、剣を出して構えてしまった。
どうやらアリシアの推測は、外れたらしい。
この人物は少女ではなく、紛れもなく青年だった。
「えっと、あのっ、私は…。」
どこから説明して良いか分からずにあたふたしていると、ふいに後ろから
のんきな、場違いの声が聞こえた。
「お兄ちゃーん、お姉ちゃーん、お茶が入りましたよーっ」
驚いて振り返ると、ティーセットを持った三月ウサギが立っていた。
二人の状況がいまいち理解できていないらしく、「どうしたのー?」とにこにこしている。
それを青年がアリシアに剣を向けたまま、素早い動きで背中に庇った。
それに驚いた三月ウサギが思わず叫んだ。
「お兄ちゃんっ、違うよ!!
そのお姉ちゃんは、わたしのお客様なんだよっ」
「…は?」
「……ってゆーこと。
分かった?お兄ちゃん。」
「ん、だいたい。」
そう言って青年はカップを傾けた。
今、三月ウサギの必死の弁明のために、三人はテーブルを囲んでいた。
話を聞くと、青年がどうやら白ウサギならしい。
だから髪の色が白いのかぁ、なんてアリシアがのんきなのを余所に、
三月ウサギが「お願いっ」と手を組んで、白ウサギに懇願し始めた。
「お願いっ、お兄ちゃん。
このお姉ちゃんにもお名前あげてっ
わたし、このお姉ちゃんが消えちゃうなんてやだっ」
白ウサギは、これに少し眉を寄せた。
「でも、僕が選んだヤツじゃないのをこの国に置くのは…。」
「お兄ちゃんっ、お願いっ」
しかし、三月ウサギの押しの強さに折れたようで、深い溜息をひとつついた。
「分かったよ…。
今空いているキャストは…。」
少し考え込んだ後、おもむろにフォークの先をアリシアに向け、
「お前の名前は、今日からメアリアンだよ。」
と告げた。
「はいっ…?」
アリシアは何も分からないまま、返事をしてしまった。